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人形館  作者: 九JACK
第壱章 オーク
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第陸話 どこまでもとおいほし

 何処までも遠い星


 人形化の呪いは近年具者の間で流行っている呪いだ。人間は死んでしまえば呪いにかからない。それまで好き放題人間を呪っていた具者としては呪いの対象(オモチャ)がなくなっていくというものだ。子どもだって、玩具を奪われたら、泣いて喚いて、果てには暴れ出すだろう。

 呪いをばらまける具者が暴走したらと考えると恐ろしい。呪いをかけることができる一般人が死滅していたら、今頃、具者と呪詛破壊者の戦争が起こっていたかもしれない。更には具者同士が呪い合う共食いのような現象も……考えたらキリがない。

 つまりは具者が人形という新たな標的を見つけたからこそ、一般人は死滅していないし、戦争もしていないと言える。

 だが具者は人間を呪うことをやめたわけてはない。今度は「人形にして遊ぶ」という方法を思いついたのだ。それが人形化の呪いとして現在に伝わっている。

 人形化の呪いは残酷だ。ウィロウさんたちのように人形とされた瞬間に体から魂が離れてしまう人、マグとホリーのように徐々に人形になっていくのを感じながら、死なずに意識を保つ人もいる。オークおじいさんのように自分の意志で魂を体に留まらせている人は少ない。

 ただ、意識のある場合は呪いの人形のように動いたり喋ったりできる。オークおじいさんなんかがいい例だろう。

 けれどそれが平和を招くわけではない。以前本で読んだとおり、呪いには固有型と感染型がある。感染型は特に厄介だ。触れるだけ、近くにいるだけ、で呪いにかかってしまう。その感染力は感染源であるものの呪いを解くまで継続される。ただの呪いなら、呪詛破壊者に解いてもらえば済むのだが、人形化の呪いだけはそれが難しい。

 人形化の呪いは感染の完結方法が二通りある。一つは呪詛破壊者に呪いを解いてもらう方法。もう一つは──呪いを解かず、完全に人形となるまで待つ、という方法だ。対象の人間が完全な物言わぬ人形と化してしまえば、人形化の呪いは完結する。完結してしまえば、呪いはもう呪いとしての効力は発揮できなくなる。無情な話だが、呪いの完成を待ってしまうのが一般人でも採れる簡単な選択肢なのだ。

 それに、人形化の呪いを解くのは呪詛破壊者でも難しい。人形化の呪いというのは人間の体を別な物に変えてしまうものだ。その呪いを解く、ということは人間の体に戻すという意味になるが、言い換えれば、再び別な物に作り替える、ということになる。もう一度呪いをかけ直すようなものだ。呪詛破壊者でも難しい上、術を受ける者の体も保たない可能性がある。場合によっては死の呪いと同等の惨さがあると言えよう。

 ゆえに、人形化の呪いは呪詛破壊者をもってしても、完全には解けないのだ。解けたとしても、体の一部に人形だった頃の名残が残ってしまう。ちょうどラファの腕のように。

 僕はオークおじいさんを見る。オークおじいさんは自らの意志で魂を木偶人形となった体に留め、車椅子を動かせる程度には動ける。つまりまだ人形化の呪いは完結していない。

 つまり、まだ呪いを解けるということになる。人形化の呪いは対象の魂が離れてなくなり、本当の人形となった段階で完結する。人間を人形にすることが目的なのだから。この呪いに限ったことではないが、呪いは完結、もしくは完成してしまっては解けない。呪いの完成とは死とほぼ同義だからだ。

 そういう点でいえば、オークおじいさんは呪いを解いて人間に戻すことができる。

「おじいさん」

 オークおじいさんを見る。オークおじいさんもこちらを見つめていたようだ。すぐに目が合った。

 その青灰の真っ直ぐな目がマーガレットさんを想起させて、胸がじくりと痛んだが、かまわず続けた。

「おじいさんは、呪いを解きたいと思いますか?」

「いんや」

 即答だった。僕は唖然とする。

「なぜ?」

「意味がないからじゃよ」

 木彫りの表情がそう変わることはないけれど、オークおじいさんは苦笑するような雰囲気を纏わせていた。

「マーガレットも逝ってしもうたのなら、儂が世に留まり続ける理由もありはせぬ。マグとホリーも、死んでしまったのじゃろう? 家族が誰も残っとらん世界で、老害一人が生き延びても仕方あるまい」

「そんな……」

 とは言ったものの、それも道理だと思う僕もいた。家族より大切な存在など、僕は知らない。

 ちらりと金髪と空色の目がよぎる。それを払うように僕は首を振った。

「家族がいなくて寂しいというのなら、僕が探してみせます。ウィロウさんとリリーさん、それとアイリスなら、世界のどこかにまだいるはず。人形館館主としての立場を使えば」

「アルルや」

 からからと近づいてきたオークおじいさんが、静かに僕の言葉を遮った。

「お前が役割や肩書きに縛られる必要はないんじゃ。お前はお前の祖父に従ってやる義理などない。そこの娘やあの小僧と違って」

「あの小僧?」

 引っかかった単語を口にすると、オークおじいさんは静かに語った。

「あのメビウスとかいう召使いじゃよ。ああ、もう小僧などという年ではないか」

 とは言うが、オークおじいさんの年からすれば、メビウスさんはまだまだ小僧と言えるのだろう。

 そういえば、オークおじいさんはメビウスさんがこの屋敷に来る前からいたという。メビウスさんのことを多少は知っているのだろうか。

 その疑問を口にしてみると、オークおじいさんは言葉を濁した。

「詳しい事情は知らんよ。じゃが、メビウスは前館主に大恩があると言っていた。いくら返しても足りない恩だ、と前館主が亡くなった今も人形館て働き続けておる、人形館、ひいては前館主という存在に縛りつけられた悲しい存在よ」

「縛りつけるだなんて……僕の祖父という人はそんなにひどい人だったんですか?」

「いんや。むしろ逆じゃ」

 オークおじいさんは遠くを見た。

「人形館館主は人形を重宝したが、人間を蔑ろにするようなやつでもなかった。事実、やつの人脈はなかなかにすごいぞ。人形職人はもちろんのこと、呪詛破壊者や一般人、果てには具者と、人種の垣根を越えておる。

 あやつはどんな人物であろうと、まるで家族のように扱う器の広いやつじゃ。

 だからこそ、やつの愛情を重く受け止めてしまう者もいた。メビウスはその一人じゃ」

 愛情を誰にでも注げてしまう、か。恐ろしい才能だな、と思う。

 同時に赤いのに手を差し伸べたススヤの姿が脳裏によぎる。赤いのが何をやったか薄々気づいているだろうに、ともだちになろう、と手を差し伸べた不気味にも思える奇妙さに前館主は似ているのかもしれない。

 いや、と首を振る。僕はまだ前館主のこともススヤのこともよく知りもしない。それなのに似ているというのはいかがなものか。メビウスさんに関してもそうだ。

 僕が悩んでいると、オークおじいさんが言う。

「ほれ、そんなにメビウスのことが気になるなら、メビウスを知るやつに聞いたらどうだ?」

 僕が首を傾げると、ラファが得心したように頷く。

「アリシアですね。彼女はメビウスと同時期に引き取られたと聞きます」

 ラファが告げた言葉に色々と動揺する。メビウスさんの知り合いを拾っているのも驚きだし、メビウスさんを呼び捨てにしたことにも驚いた。

 ただ、話の内容的に優先順位を考えて問いを口に出す。

「アリシアっていうのは?」

「人形です。動くことはできないようですが、かなり流暢に喋るので、元は人間だったのだと思われます。何よりメビウスの友人です」

 ラファが答えてくれる。元人間と聞いて顔をしかめたくなったが、そういえば出会ったとき、メビウスさんは一度呪いを受けたことがあると話していた。ラファとミカのように、呪詛破壊を受けて片方だけが助かった、ということかもしれない。

「そのアリシアさんはどちらに?」

「人形館の館主が、人形にいちいち敬称をつけなくていいわよ」

 どこからともなく、そんな澄んだ声がした。声だけで空気を凛と張り詰めさせるような。

 僕が声の主を探していると、ラファが一つの箱を差し出してきた。ガラス張りの人形箱だ。

 僕が易々と抱えられそうな大きさの箱の中には、初めて見つけたときのメイくらいの大きさの人形が赤紫のクッションの上にちょこんと座っていた。赤いその髪を見て、それだけで嫌になってしまった自分が憎い。赤い具者は別人で、あの髪よりもこの人形はくすんだ色合いの赤をしている。

 紫のドレスを着ている人形の髪は緩く波打っていて、目は青灰色。マーガレットさんを赤髪にしたらこうだったのだろうか、と考えて後悔する。いくらなんでも引きずりすぎだ。

 その思いを振り払ってラファに確認する。

「この子が?」

「はい、アリシアです。人形化の呪いをかけられた人間と聞いていますが、メビウスが持ってきたときには既にこの姿でした」

 もう一つ気になることを聞いておこう。

「ラファ、さっきからメビウスさんを呼び捨てにしてるけど……」

 ラファは僕と同年代に見える。だから、明らかに年上であるメビウスさんには敬称をつけるべきではないだろうかと思ったのだけれど。

 ラファがかくりと首を傾げる。

「こう見えて私、メビウスが来るよりずっと昔からおりますよ? この屋敷に。もしかしたら、オークさんと同じくらい長い間、お世話になっているのではないでしょうか」

 僕は驚いてオークおじいさんとラファを見比べる。オークおじいさんは「おじいさん」という貫禄があるけれど、ラファはどう見ても僕と同じか、少し年上くらいにしか見えない。

 オークおじいさんがいつ人形館に来たのかは知らないが、人形化の呪いをかけられたのは、僕が生まれるよりずっと前の話のはずだ。ここでも古株と紹介されたし……ではラファは一体何歳なのだろうか。

 と、ここまで頭を整理したことで気づいた。人形化の呪いをかけられた人間は年を取るということがなくなる。人形というものには経年劣化はあっても主に老いを感じさせるような姿形の変化が大きくはないからだ。もし、変化するのだとしたら、それは呪われた人間ではなく、呪われた人形だろう。

 ここでラファについて思い出してみる。ラファはかつて人形化の呪いにかかったことがあり、体が完全に人形になりそうなところを前館主に救われたという。

 その後遺症として今の腕があるわけだが、もしかしたら彼女の後遺症はそれだけではなかったのかもしれない。人形としての体質──つまりは老化をしない、というものが残った可能性がある。

 そうなると、見た目だけで年齢を計るのは愚策だろう。事、人形化の呪いにかかった人間に関しては。

 マグとホリーも僕は人形の姿と過去の姿しか見ていないから、勝手に年下のように思っていたが、精神年齢は止まっていたとしても、マーガレットさんの弟だ。僕より先にこの世に生を受けている。

 などと考えていると、ラファかれ苦笑が零れた。

「別に、アルルさまがお気に病むようなことはございませんわ。アルルさまは人形館の館主、私は人形でございますゆえ。

 それに、人間は人形の年齢(とし)など、気にしないでしょう?」

 言われて、はっとする。たしかに、人形の年齢なんて気にしたこともなかった。メイの年齢だって、考えたことはなかった。

 要するに、所詮は人形も物に過ぎないということである。服や机、本などの経年劣化を気にしないのと同じ要領だ。

 気づくと同時に歯噛みする。結局のところ僕は人間のように振る舞う人形たちを物としか認識していないということになるのだ。

 それを僕は悔しく思った。譬、人形化の呪いをかけられていたとしても、人間は人間なのに。

「アルルさまが思い悩む必要はございません」

 ラファが沈黙する僕に言う。

「あなたは人形館の館主。前館主さまのように、私たち人形を労ってくだされば、それでいいのです」

「それは違うぞ、ラファ」

 僕が何か言う前に、そう返したのはオークおじいさんだった。

「血縁だろうが何だろうが、アルルは碌に知りもしない爺の存在に縛られる必要などない。アルルは自由に生きればいいんじゃ」

「ですが、アルルさまを館主と仰ぐ以上は、館主として人形を愛していただきたいです」

「あー、もう。ごちゃごちゃ五月蝿いわね」

 揉める二人の間に割って入ったのは、刺々しい口調ながらも、澄んだ鈴の音のような少女の声。

 声の主はちょっと存在を忘れかけていたアリシアという人形だった。目も表情もぴくりとも動かないが、声はたしかにそこからした。

 呆れたような声が続く。

「人形館? 館主? そんなものどうでもいいわよ。前の館主にはともかく、そこの坊やには何の恩義もないわ。人形じゃなきゃ、とっとと出ていきたいくらいよ。メビウスと一緒にね」

「あの小僧は望まんじゃろうがな」

 ふん、とオークおじいさんの言葉にアリシアが鼻を鳴らす。彼女は人形館というものをあまり快く思っていないようだ。

 僕は人形部屋を見渡す。木箱などもあるが、アリシアのようにショーケースに納められた人形の方が圧倒的に多い。前館主は人形収集家と聞いた。人形を集め、こうして集めた人形たちを眺めることを趣味にしていたのだろう。悪趣味とまでは言わないが、呪いの人形ばかりを取り揃えているのほ、人間だった人形を、あるいは人間に模された人形を、見世物のように扱っているとも取れる行動だ。アリシアが面白く思わないのも頷ける。

 だからといって、呪われた人形たちを解放するわけにもいかない。呪いを振り撒く行為になるから。

 ただ、アリシアを見ると、その青灰の目には強い意志が宿っていた。

「アリシアは人形館から出たいの? メビウスさんと一緒に」

 そう問うと、アリシアはうんともすんとも言わなくなった。

 代わりにオークおじいさんが答える。

「アルルや、呪いをかけられた人間、人形には、様々な事情があるのじゃ。アリシア然り、メビウス然り、セドナ然り、ラファとミカ然り、儂然り、の。

 踏み込んではならんと言いはせぬ。じゃがの、本人がそれを語るのを許すまでは、何も聞かんでやるのも情というものじゃ」

 オークおじいさんの言うことはわかる。僕はこの人形館に来て、そう日は経っていない。だから人形館のことも知らないし、人形たちのこともまだ知らない。

 オークおじいさんのことを知っていたのは奇跡のようなものなのだ。そんなおじいさんも、ここに来た経緯についてはまだ話してくれていない。おじいさんの言うとおり、おじいさんにも事情というのがあるのだろう。

 僕はまだ知らないことばかりで、だからこそ知りたいと願う。前館主が祖父だからとかではない。きっと、メイに出会ったからだ。呪われた人形を知っているから。

 僕は人形も人間も蔑ろにしたくない。だからメイを探すし、ラファやミカの呪いを解きたいと思う。

「僕は僕なりの人形館主になります」

 そう宣言した。まだ実感の湧かない地位だけれど、他に帰る場所もなければ、居場所もない。ただそれだけの理由だったけれど、人形たちを放っておくことはできない。

「できた子ね。あの爺の孫とは思えないくらいだわ」

「何を言うておる。アルルはあの爺の孫なぞではない。儂のひ孫じゃ!」

「血縁という言葉をご存知?」

「血など関係ない。儂の孫が育てたのじゃから、儂のひ孫じゃ」

「ああ言えばこう言うわね……」

 アリシアとおじいさんの会話を聞いていて思ったのだが、爺、爺と謗られる前館主はどんな人だったのだろうか。メビウスさんやセドナが敬っているからいい人なのかと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。

 僕が考えに耽っているうちに、アリシアとおじいさんの会話が口論のようになって、間にいるラファが目で助けを求めてきた。

「血の繋がりを後生大事にして孫娘のためにとか言って生き続けているのはどこのどいつよ!」

「血縁を思うことの何が悪いか。おぬしとて家族のために生きておるのだろうに!」

「たしかにメビウスとジーンへ家族だけれど、血の繋が、りは……」

 口を挟む前に、アリシアの声が尻すぼみになり、最終的に黙ってしまった。

 どうやらアリシアにとって家族の話題は地雷源らしい。聞かずともよくわかった。

 この分だと、メビウスさんのことを聞いても、アリシアは話してくれないだろう。多弁なようだが、僕はまだ警戒されているようだし。

「あまり喧嘩はしないでくださいね」

 僕はそうとだけ残して部屋を出た。

 メビウスさんのことを知りたいなら、本人に直接聞くのが手っ取り早いだろう。

 そう思って廊下を歩いていると、ぱたぱたと忙しない足音が聞こえてきた。振り向くと、セドナが駆け寄ってきていた。

「アルルさま、お探ししました」

「昼ごはん?」

「いいえ」

 セドナがはきはきと告げる。

「メビウスさまから、お呼び立てでございます。火急相談したい案件とのことでお待ちです」

 言うなり、セドナは僕を客間に案内する。そこには既にメビウスさんが座っていた。

 メビウスさんは今の僕と似たようなかっちりした服装をしている。会ったときから思っていたが、こういう格好が板についている。長年館主の側近をしていたからかもしれない。

 僕が向かいに着席すると、メビウスさんは片眼鏡の奥の目をす、と細め、真剣な眼差しになった。

「アルル様、火急の件とは他でもありません。アルル様にお会いしたいという方が近日中にいらっしゃるのです。つきましては、お願いしたいことがございます」

 これはまた改まって。お願いしたいこと、とはなんだろう。

「私のことはメビウスと呼び捨てにしてください。敬語もなしです」

 メビウスさんはさも当然であるかのように言った。

「そんな、いくらメビウスさんが僕に仕える立場だからって、急においそれと年上の人を呼び捨てにすることはできません」

 僕は反論したが、メビウスさんもただ聞き入れてはくれなかった。

「なりません。これまでは人形館内で済んでいたから容認していましたが、今回はお客様がいらっしゃるのです。

 外部の人間が来るということは、外聞というものが発生することを示します。

 アルル様が館主となった以上は、館主らしい振る舞いをしていただかねばなりません。いずれはそうしなければねらないのですから、今のうちに相応しい立ち居振る舞いを覚えておくことに何の問題がございましょう?」

 ……メビウスさんの言うとおりかもしれない。

 メイが生きている可能性を提示され、メイを見つけるための手段がある、という甘言に乗せられて、僕は人形館の館主になることを承諾した。

 甘言に乗せられたとは言ったが、メイを見つけ出すための希望にすがりついたのは、僕が自ら選んだことだ。

 その結果が人形館館主という今の立場だ。メイを探すためには前館主の伝手を使うのは必須である。つまり、顔繋ぎは大事ということだ。

「だからって、僕が今までの口調をそう簡単に変えることはできません。ここの館主という肩書きにも慣れていない、平民なんです。一般人なんです。急に偉ぶることなんかできない。

 それに、僕の祖父の知り合いということは、僕より遥かに年嵩のある方でしょう? そういったお方に無礼な態度を取りたくありません。それにメビウスさんが義理を果たさなければならない館主は亡くなりました。僕が跡継ぎだからといって、もう主従の関係に縛られる必要はないでしょう?」

 僕の言葉を眉一つ動かさずに聞くメビウスさん。僕の言葉の意味を咀嚼すると、彼は口を開いた。

「ではアルル様、それをこの館の人形たちにも同じように言えますか?」

「え?」

 一瞬、意味がわからなかった。僕が理解するより先に、メビウスさんは淡々と告げた。

「人形館という存在に縛りつけられているのは何も私だけではありません。セドナや人形部屋に押し込められている人形たちも前館主様の手によって、人形館に縛りつけられた存在です。特に人形化の呪いによってその身を人形に変えた者はそう思っていることでしょう。前館主様の助けさえなければ、呪われた体に留まることもなく、冥土に行けたはずなのに……表では前館主様を命の恩人という者ばかりかもしれませんが、中にはそういう人形だっているのです。それを義理に縛られていると言わずして、何というのでしょう?

 つまりですね、私も人形も、そう変わらないのです。それなのに、人間であるからという理由で、あなたは私に敬称をつけるのですか? 人形の中にも、元は人間だった者もいて、あなたより遥かに年嵩があるかもしれないというのに、そちらは呼び捨てにできると?」

 言葉が突き刺さる。僕は思わず胸元で拳を握りしめた。メビウスさんの指摘することは手痛く正鵠を射ていたからだ。

 僕は人形をあたかも人間であるかのように扱っておきながら、結局のところ人形としか見ていなかったのだ。ラファやアリシアがその最たる例だろう。

 ただ、何よりも悲しかったのは、メビウスさんの遠回しな拒絶だ。メビウスさんが夜に輝く宝石のような、けれど……どこまで手を伸ばしても届かない遠い星のような気がしてならなかった。

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