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人形館  作者: 九JACK
第壱章 オーク
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第伍話 ひととひとかたと

 人と人形と


 夢を見ずに眠る、というわけにはいかなかった。

 けれど、夢の趣は違った。


「マーガレット、また一段と上手く織れるようになったわね」

「お母さんほどじゃないわ」

「でも、この調子じゃ、すぐに追いつかれてしまうわね」

 それは布を織る母娘(おやこ)の仲睦まじい会話だった。褒められた少女のマーガレットさんがはにかむ姿は、僕には新鮮だった。僕の母さんだったマーガレットさんは見た目はお世辞にも健康的とは言えなくて、呪いを恐れるあまり、何にも感情移入しないかのように無表情でいたから。もちろん、母さんには僕を慈しむ心があったし、家族の話をするときは、少し和らいだ表情を見せていた。

 ただ、本当に家族と幸せに暮らしていたマーガレットさんを見るのは初めてだった。生き生きとしたその表情は、本当に幸せそうだった。

 マグとホリーがお遣いに行って、嬉しそうに帰ってくる。

「やっぱり、お母さんとマーガレットが織った布はすごいよ!」

「商人さんがいっぱいお金くれたよ。やっぱりお母さんとマーガレットが織る布は、こーひんしつで、街の外でもたかねでとりひき? されるんだって」

「商人さん喜んでたよ」

 口々に母と姉を褒め称えながら、マグとホリーがもらってきたお金をお母さんに渡す。

 リリーというお母さんはかなりの金額の一部を取って、マグとホリー、そしてマーガレットに渡した。

「あなたたちが稼いだ分のお金よ。マーガレットは布を織った分、マグとホリーは商人さんと交渉した分。大切に使うのよ?」

「はあい」

 金銭感覚も幼い時からちゃんと身につけさせて、大人になったときに困らないように仕付けておく。正に理想的な家庭だ。

 そこで黒髪と金髪の体格のいい男性たちが帰ってきた。

「マーガレット、ずいぶん稼いでいるようじゃないか」

「お父さん、お兄さん、おかえりなさい」

 黒髪ぎウィロウ父さんで、金髪がウィステリア兄さんだ。二人は大工の仕事から帰ってきたらしく、それなりに汗だくだった。

 それを見たリリーがお風呂を沸かしに向かった。

 街ではマーガレットの織る布で話題が持ちきりらしい。売ってきた本人であるマグとホリーはいまいちわかっていないようだが、マーガレットの布を買い取ったのは、とんでもなく有名で金持ちな人形職人だという。

 機織りとして、人形職人に布を認められることほど誉なことはない。

「今度はマーガレットがうちの稼ぎ頭だな」

「お父さんたちもまだまだ頑張ってくださいよ」

 マーガレットをおだてるウィロウに、マーガレットが苦笑する。そうだぞ、父さん、とウィステリアが援護した。

 そこにからからという音がやってきた。その場の全員がそちらを見る。

 気難しそうな顔の車椅子のおじいさん。オークおじいさんだ。

「マグ、ホリー」

 おじいさんが名前を呟くと、呼ばれた双子が喜んで飛びついた。おじいさんはその固い表情からは想像もできないほどに優しい手つきで二人の頭を撫でた。言葉はないが、二人にはそれだけで充分らしい。満面の笑みを閃かせている。

「マーガレット」

 続いて名前を呼ばれたマーガレットが目を丸くし、それからくすりと笑った。

「おじいさん、私はもう十歳を過ぎました。頭を撫でられて喜ぶような年ではありません」

 たしかにマーガレットはそれくらい大人びていた。既に機織りとして手に職もつけている。子ども扱いでは、不満もあるだろう。

 代わりに、と続ける。

「前々からお願いしていること、そろそろ受け入れてくださいませんか?」

「さて、何のことやら」

「こういうときばかり、ぼけたふりをするのはやめてください」

 ぴしゃり、とマーガレットに指摘され、オークがますます渋い顔をする。

 そんなオークの前にマーガレットがずい、と出したのはカメラだった。何気なく出しているが、カメラはかなりの高級品だ。

「一緒に写真を撮ってください、おじいさん」

「嫌じゃ」

 オークは即答であった。

 理由が少し笑えた。

「写真を撮ると魂が抜かれるという謂われがある」

 それは古い迷信だ。カメラは高級品だが、呪いより昔から存在する。魂を抜かれるという言い伝えは、カメラがあまりにも鮮明で正確に人の姿を写したことから、その科学技術に戦慄いたことにより生まれた世迷い言だ。

 カメラはただ人の姿を写すだけである。マーガレットもそう説得したが、オークには効果がないようだった。

「それに、そのカメラが呪いのカメラだったらどうするんじゃ」

 この一家は全員、呪いに抵抗する術を持たない一般人である。たしかに、カメラに呪いがかけられていたら、成す術はない。

 しかし、その反論もマーガレットは予測済みだったらしく、したり顔をする。

「それなら、このカメラを呪詛破壊者に見てもらえば、問題はないですよね」

 そんなマーガレットの台詞にオークが目を剥く。

「何を言っておるんじゃ! 呪詛破壊者に見てもらうだと? どれだけ金がかかると思うんじゃ」

 そう、呪詛破壊者は人種の一つとされているが、同時に職業でもある。職業としてやっているかろには、呪詛破壊をするにあたって、当然賃金が発生する。

 呪詛破壊者に見てもらうといっても、呪詛破壊者の腕は人によりまちまちだし、腕利きの呪詛破壊者となれば、料金は高くなる。機織りとして腕を上げたマーガレットの布が高く売れたように。

「お金のことなら心配いりません。私の布が思ったより高価で売れていますから、おじいさんの想像以上に貯金はありますよ」

 資金面も問題がないとなると、オークの反論材料もなくなる。ぐうの音も出ないとはこのことだ。

「……そこまで言うなら仕方あるまい。一回だけじゃぞ」

 オークの了承に家族の喜ばんことか。腕利きの写真家も呼んで、家族写真を撮ることになった。


 目を覚まして、ほろりと涙が零れる。幸せだった頃のマーガレットさんが送っていた日常があまりにも平凡だったからだ。この平凡な日常がたった一日で失われることを、僕は知っている。

 赤い具者によって、マーガレットさん以外は人形にされた。ウィロウさんとリリーさんとアイリスは売り飛ばされ、ウィステリアさんは破壊された。マグとホリーはマーガレットさんの手元に残ったが、最終的にはマーガレットさんの手によって破壊された。

 オークおじいさんはどういう経緯を経たのか、今、人形館にいる。

「おじいさん、やっぱり一人だと寂しいかな」

 なんて考えたのは、単に僕が寂しかっただけだ。

 母さんだと思っていた存在を否定され、顔も知らない祖父の財産だという人形館を継いで、そこには家族ではなく、人形のセドナたちや、人間であるものの自分に仕える存在としているメビウスさんがいるだけ。この屋敷にはまだ来たばかりで、自分の家という実感も湧かないし、親しみを持てるものがない。

 唯一、心を寄せられるのが、マーガレットさんから話を聞いていたオークおじいさんだった。オークおじいさんも、気さくに接してくれるから。

 そこまで考えたところで、セドナから声がかかる。朝食の時間のようだ。僕は着替えて広間へ向かった。

 昨日食べた分量から、僕が食べられる量を計算してくれたらしく、朝食の量が多すぎることはなかった。メビウスさんはいない。聞くと、メビウスさんは一日のほとんどを別邸で過ごすのだという。どのように過ごすかは明らかではないが、ざっくり言うと、たまにかかってくる前館主の知り合いからの受け答えをするそうだ。

 前館主の知り合いというと、大抵が前館主と同じ人形収集家や人形職人だ。ここで言う人形職人は人種としてではなく、職業として人形職人をやっている人々のこと。人形を作るだけなら、人種は関係ない。

「今だと、そうですね、前館主さまの訃報と新しい館主であるアルルさまの紹介をしているのではないでしょうか」

 セドナの言葉に手を止める。

「新しい館主の紹介って……」

「繰り返しになりますが、アルルさまのことです。もしかしたらそのうち会いたいという方がいらっしゃるかもしれません」

 やはりそうなるのか。けれどほとんどメビウスさんが対応してくれるみたいだから、そのことには感謝しなければならないだろう。

 僕は人見知りかどうかはわからないけれど、マーガレットさんと一緒に暮らしていたときから人と接する機会は少なかったので、全く知らない人と会う、というのはやはり緊張する。今までは空気のような存在でいても許された。だが、突然「人形館館主」という仰々しい肩書きがついたのだ。どのような目を向けられるのかもわからない。

 そんな僕の不安を汲み取ってか、セドナがにこりと微笑む。

「ご心配には及びませんよ、アルルさま。接客に関してなら、あたくしとメビウスさまにお任せください。アルルさまに恥をかかせるような真似はいたしません」

 前館主の頃から慣れているのだろう。自信に満ちたその表情はとても頼もしい。

 人形の子がこれだけ頑張ろうとしてくれているのだ。ここは一つ、僕も腹を括るべきだろう。怖がってばかりいないで立ち向かうことも考えないと。

 それに、メビウスさんが言っていたとおり、メイを探すならいつかは前館主の伝手を頼らなければならなくなるだろう。それなら早いうちに会って、打ち解けられた方が僕にとっても得だ。

 そんなことを考えながら朝食を完食する。やはり、出された食べ物を食べきるのは気分がいい。提げていくセドナの様子も心持ち上機嫌だったような気がする。

 さて、どうしたものか、と館内を散策する。

 人形館館主という仰々しい肩書きを持ったもほの、今のところ僕がやるべきことはない。新しい館主に会いたいという人はまだいないのだろう。いればメビウスさんが何かしら声をかけてくるはずだ。たぶん。

 となると本格的にやることがない。本のないこの屋敷で勉強もできないだろうし。

 どうしようか決めあぐねていると、人形部屋に入っていく少女の姿が見えた。鮮やかな紫という見たことのない髪色をしていたから、一瞬人形かとも思ったが……いや、待て。この屋敷には僕とメビウスさん以外人間はいないはず。それにしては滑らかな瞬きをしていたようで気になる。メイやセドナのようにある程度自由に動ける人形も、瞬きができなかったり、口が動かせなかったりするのだ。呪いで人形を動かすというのも完璧とはいかないらしい。

 色々と頭の中でごちゃごちゃと考えてはみたものの、結局は「気になる」の一言に尽きるので、僕は人形部屋に入った。

 オークおじいさんに挨拶しようと思ったのだけれど、それよりも先に、鮮烈に焼きつくような艶やかな紫に目を惹かれて止まる。

 真っ直ぐに伸びたその髪は少女の腰ほどまであり、屈めば床についてしまうのでは、と思われるほどだった。

 何より僕が目を惹かれたのはそれが糸や動物毛などの髪に似せたものではなく、正真正銘人間の髪の毛であることだった。その頭皮も作り物ではあり得ないくらいに人間のもの。

 少女の容姿で唯一人形らしかったのは、その両の手である。服に隠れて見づらいが、おそらく、肘の先からは木でできているのではないだろうか。オークおじいさんより手は武骨に見える。美少女と呼んで差し支えないだろう面差しとは裏腹に。

 服はセドナと同じ緑色がベースの給仕服だが、印象がまるで違う。セドナとは違った生々しさがそこにはあった。

「あ、あのっ……」

 見惚れていたところから立ち直り、ようやく声をかけられたのは果たしてこの邂逅から何十秒経ってからのことだろうか。今更ながら呆けていた自分が恥ずかしくなってくる。けれど声をかけたからには少女を真っ直ぐに見た。

 少女は人形部屋の奥にひっそりと置かれたどこか棺のように見える箱に触れ、物憂げに伏せられていた緑の目をこちらに向ける。ふるふると震える瞼がゆらりと持ち上げられるのがはっきり見えた。

 そこで悟る。この少女は人形ではないと。

 少女は給仕である以上、新しい館主としてやってきた僕のことは知っているらしく、僕を見るなり恭しく一礼した。

「アルルさま、お初にお目にかかります。私はこの人形館に仕えているメイドの一人、ラファと申します」

「あ、新しい館主となったアルルです」

 ラファの折り目正しい挨拶に、僕も思わず敬語になってしまう。緊張で声が震えたのが情けない。

 すると、ラファもセドナと同じように、そう畏まらないでください、と苦笑した。アルルさまは私の主なのですから、と。

 自分でさらりと名乗ったものの、やはり、まだ主と呼ばれるのにはまだ抵抗感がある。この身分に慣れるには時間がかかりそうだ。

 そんな慣れない身分の壁を感じながらも、僕はずっと気になっていた問いを口にした。

「ラファは、人形なの?」

 それはラファを見て真っ先に抱いた疑問だ。先に述べたとおり、この屋敷には別邸も含め、僕とメビウスさんしか人間はおらず、あとは全て人形のはずなのだ。

 けれど、ラファは人間のように瞬き、口を動かして喋る。それは呪いの人形であっても、ごく一部にしかない現象だ。

 すると、ラファは再び苦笑して、不自由であろう両手を広げてみせた。

「アルルさまは、人形化の呪い、というものはご存知ですか?」

 人形化の呪い。その言葉に鳥肌が立った。よぎったのはマグやホリー、オークおじいさんにかけられた呪い。マーガレットさんの家族を、マーガレットさんをほんの数瞬で恐怖のどん底に陥れた呪いだ。聞くだけで身の毛のよだつ思いがする。

 そんな僕の様子に色々と察したらしいラファが躊躇いがちに告げた。

「実は私もその呪いにかけられたのです。この箱の中に入っているのは兄のミカ。感染型の呪いにかけられ、この箱に封印されております。私はミカから呪いを受けたところで前館主さまに拾われ、呪詛破壊者によって、呪いを食い止めていただきました。その結果がこの腕です」

 なるほど。呪詛破壊者も万能ではない。かけられた呪いを全て治すのは困難なことなのだ。ゆえに、呪いの侵攻を食い止められても、完全に人間の姿に戻すことはほぼ不可能である。

 だからラファは人間としての体を持ちながら、人形としての部位も持ち合わせているということになる。不思議な雰囲気の正体はこれだったのか、と納得した。

「ここにいるのは、やっぱりお兄さんが心配だから?」

 訊ねるとラファは小さくこくりと頷いた。やはり人形にされたとしても、肉親は肉親なのだろう。

「本当はミカと一緒に過ごしたいです。同じ家の中にいるなら叶っているだろうと言われるかもしれませんが、そうではなくて……私は呪いにかけられる以前のようにまた生活したいと願っているんです」

 そう語り終えると、焦った様子で、人形館の仕事が嫌というわけではないですよ、と手やら首やらをぶんぶん振るラファ。

 そんなに焦らなくてもいいのに、と僕は苦笑いした。僕だって、ラファと同じ立場ならそう思うにちがいないからだ。

 家族。この世にそれ以上に尊く愛しいものなど存在しているだろうか。ラファがミカに向ける愛情然り、マーガレットさん一家然り、仮初めとはいえ、親子だった僕とマーガレットさんの間にさえ、そういう親愛の情はたしかにあったのだ。

 だから、ラファの気持ちは僕にもわかる。僕の家族……家族と思っていた人は、もういなくなってしまったけれど。

「ラファが僕のために尽くしてくれるっていうなら、僕はラファの願いを叶えられるようになりたいな」

「え?」

「ラファにも、セドナにも、メビウスさんにも。報いられるような存在でありたい」

 箱の上に置かれたラファの手にそっと自分の手を重ねると、深緑の目が見開かれた。

 人形館館主という仰々しい肩書きを背負ったはいいものの、僕はそれらしく振る舞う方法を知らない。それならせめて、僕のためにと動いてくれるひとたちに何か恩返しをしたい。

 この屋敷にいる人間は僕とメビウスさんだけで、その他は人形だ。ラファも言い切りたくはないけれど、人間とも言い切れないので、人形なのだろう。人形は動いて喋ったりするけれど、所詮は人形で、人間ではないという人が多くいるかもしれない。

 それでも僕は人形と人間を区別したくない。メイにそうだったように。オークおじいさんやラファのように元は人間だった人形もいれば、メイやセドナのように元々人形だったのを呪いで動くようにされた人物もいる。僕はその誰もが平等に「ひと」だと思う。

 そうして折り合いをつけていかなければならないのだと思うのだ。

「前館主の知り合いには、呪詛破壊者もいるんでしょう? その伝手を使って、もっと強い呪詛破壊者を見つければ、きっと君たちの呪いも解ける」

 ──この呪い呪われる世界では。

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