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人形館  作者: 九JACK
序章
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第零話 のろわれたせかいにて

   序章




 呪われた世界にて


 この世界には呪いがある。

 始まりは「娘の病が治りますように」「戦争に行った恋人が帰ってきますように」といった祈りから生まれた「まじない」の信仰だった。

 やがて、荒んでいった世界は戦争もなくなり、病や飢えに苦しむ人々も少なくなっていった。病から立ち直った娘、無傷ではないものの、戦争から帰ってきた恋人──そんな自分の「まじない」の成就を目の当たりにした人々は、ますます「まじない」の信仰を深めていった。

『すべて「まじない」のおかげだ』

『「まじない」はすごいのだ』

『もっともっと「まじな」えば、我々はより幸福になれる』

『そうに違いない』

 そう信じた人々は知らなかった。

 叶えられなかった願いがあることを。


「まじない転じてのろいと化す」

 そんな言葉が流れ出したのはいつのことだっただろうか。

 幸福な人々は、ぽつりぽつりと死んでいった。ただ死んだのではない。ある者は臓腑を吐き出し、ある者は突如頭が破裂し、ある者は四肢がねじ切れて。

 どれも等しく残酷で、残虐で、とても人の成せる業とは思えぬ死に様だった。原因もわからなかった。

 なぜ、どうして、と死した者たちの家族は嘆いた。幸福だった。平穏に暮らしていた。共に起き、他愛のない言葉を交わしながら食事をし、笑い合って、夜になれば共に眠る。そんな普通の、ただただ普通の生活を送っていただけだ。それがなぜ、突然死なねばならない? しかもこれほど残酷に。

 ひたすらに嘆く幸福だった者たちの傍らで、嘲り笑う声があった。それは「まじない」に託した祈りが叶えられず、家族や恋人を失った者たちだった。

 ははは、自分たちばかり幸せになって「まじない」「まじない」と騒ぐ愚か者たちよ、どうだ? 我々の「まじない」は。平穏か? 幸福か? ──そう言って彼らは、家族の死を嘆く者たちを笑った。その涙を笑った。

 わかったか、お前たち。「まじない」で得られるのは幸福だけではないのだよ。我々の「まじない」は「幸福を得た者に無惨な死を」だ。それは「まじない」によってこうして叶えられた。清々しいよ。これでようやく我々も「まじない」を信じられる。

 そう言って、幸せそうに笑う者に、嘆く者の一人が叫んだ。

 死ね! と。

 お前のせいで大事な人が死んだのだ。お前が殺した。お前が殺したお前が殺したお前が殺したお前が殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺した。お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が、そう、お前がだ。だから、そんな理不尽、理不尽に与えられた不幸、我々だけが不幸せになるなんて、許されるわけ、ない。だからお前たちなんて、お前たちが、お前たちこそ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んでしまえ死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死

んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇっ!!

 すると凄まじいほどのその言の葉は何者かに聞き届けられ、直後、笑っていた者たちは残酷に、残虐に死んでいった。

 今度はまたその家族が、同じことを言の葉を放った者たちに返す。同じく無惨に死んだ者たちの家族がまた、その後もまた、またまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまた繰り返し、繰り返し。


 人はいつしか、呪い、呪われるようになった。


 人を呪う者は「具者(ぐしゃ)」と呼ばれ、呪う才もなく、ただ呪われていく者は「一般人」というように、次第に分かれていった。

 やがて、幾年もの時が過ぎ、一握りの人間が呪い合うことの愚かさに気づき、その連鎖を断つべく奔走した。その末に「呪詛破壊(すそはかい)」の道が拓かれた。その「呪詛破壊」の道を行く者は「呪詛破壊者(スピアブレイカー)」と呼ばれた。

 「呪詛破壊者」が生まれたところで「具者」が呪うことをやめるわけでもなく、「具者」そのものがいなくなるわけでもない。しかし、「具者」に呪われる「一般人」は減少の一途を辿っていた。

 呪う相手が少なくなってきたことに気づいた「具者」は、けれど呪うことをやめなかった。呪うことこそが彼らの快楽となっていたのである。故に彼らは、新たな呪いの対象を見出だした。

 それは人形だった。人間の手によって作られた、人の形をしたものたち。

 元々生きてなどいないそれらは、呪うと魂を得たように動き出し、さも人間であるかのように振る舞う。「具者」たちにとってその姿は滑稽で、格好の玩具だった。

 人形なのだから。元より命などないのだから、生かすも殺すも存在しない。

 「具者」たちは人間以上に人形を呪うようになった。もちろん、人間を呪うこともやめはしなかったが。人形という意志なき玩具を得たことで、「具者」たちの感覚は麻痺していった。呪うことに対する罪悪感さえも。


 彼らは知らない。

 壊れゆくヒトカタの姿に泣く者たちがいることを。

 けれどその者たちは「具者」を呪おうとはしなかった。

 彼らは「呪詛破壊者」ではないものの、呪い、呪われることの愚かしさを知っていたのだ。

 彼らが涙したのは、壊れゆくヒトカタたちは皆、彼らが手ずから生み出したものたちだったからである。ある者は遠方の母を思い、ある者は既に亡い想い人のために──

 そんな彼らの人形は、悲しくも呪いやすいと「具者」たちに評判となる。

 ふとあるとき、「具者」が気づいた。それは戯れに、その人形を作る者に呪いをかけようとしたときだ。

 呪えない。

 彼らは呪えなかった。

 どういうわけか、人形を一心に作り続ける彼らは、呪いを受け付けない体質をしている。ごく一部のものだけではあったが。 「一般人」や「呪詛破壊者」よりも稀な存在である彼らは、熱心に人形を作るその姿にあやかり、こう呼ばれていた。

 「人形職人」と。



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