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泥人形と共に

作者: 畑々 端子

 人間はとかくトオクを見たがる。


 桜並木見下ろしては春を想い、水平線の彼方を見てはトオクを想う。山の紅葉に風光明媚を想い。冬はつとめてトオクから聞こえる除夜の鐘に耳を澄ます。


 トオクに行けば何かが見つかる。何かがはじまる。そんな希望を抱くのは一向にかまうまい。希望とは何かしらに故事付けをして、己を奮い立たせ根拠泣きを嘆くまでその活力と成り得るのであればそれは一向に構うまい。


 だから、旅立ち。だから、山に登るのだろう。


 己こそ知らない場所に出会うため人と出会うために。



 そんな風に思いながら日々を生きる私が果たしてこの生まれ育った土地を離れずして、希望を見出せると言えようか。答えは否である。


 ゆえに私は、日々をただのうのうと食み、橋の上を通りかかる折には必ずや、この水面のようにどこまで流れて行けたなら、きっと私にとっての安住の地へ快活に日々をおくることの出来る地へ行けることだろうと。毎日、私は枯葉に想いを馳せていた……


 

 私がいつも通り橋の上から流れゆく枯葉を眺めていると、不思議なことに橋桁の下から小さな声が聞こえた。


 子供の声ではあるまいに、私は訝しみながら土手から橋桁をそっと覗いてみた。すると。泥でできた人形と木でできた人形とが何やら話しをしているらしかった……



「次の長雨でお前とはおさらばだな」


「そう言えばそうだあね」


「さて、俺は今度どこにいけるんだろうなあ、ここは田舎臭くて私には合わない」


「君は流れて来たからね。僕は生まれも育ちもここだから、やっぱりここがいいな。田舎だけれど……結構、良いところもあるんだよ」


 

 私は泥人形が自分自身のようで、なんとももどかしかった。もちろん、木でできた人形が羨ましくも思えた…………


 薬売りから色々と外の話しを聞けば、外海は華がある話しばかりであった。だが……だがしかし、私は少しばかし木で出来た人形に対して腑を熱くさせていたのである。


「はははっ。それは負け惜しみだろう。お前は一度川が溢れれば、溶けてしまってどこにもいけやしない。この先も一生この田舎で暮らすしかできないんだからさ」 


 

 私は思わず近くにあった石を拾い上げて大きく振りかぶった。泥人形に同情したのではない。どうしてか……なぜだか、私自身を嘲笑われた気がしてならなかったからだった。


 私には丈夫な足がある。山ほど財産があるわけでもなければ、家財道具とて金にかえてもこまるまい。


 それにもかかわらず私はこの田舎を離れずにいる。外界に希望を憧れを抱いているにもかかわらず、私はこの場所から動かずに、ただ、憧れにのみトオクを見ては何をするでもなかったのだ…… 



「君は流れのまにまに、果てしなく流れて流されて、どこまでも行けば良いさ。私はここで生まれてここで育ったのだから、ここの土に帰って行けるならそれは本望だと思ってる。新しい場所に行きたければ今すぐにでも飛び込めば良いじゃないか。新しいから良いのかい?ならば、ここにだって新しいことに溢れているさ。今年の秋には柿の木がはじめて実をつけるし、今年土手に根をはった南天の赤い実だって綺麗じゃないか。君は何が見たいんだい?探しもしないで、足元すらみないで、ただトオクをトオクへただ新しいモノを見ているだけなんだろ」



 木でできた人形はそれ以上言葉を続けることはなかった。


 それ以上に泥人形の言葉は私の胸をうったことは言うまでもない。新しければ良いのだろうか。初見であれば、未知であれば……それが希望とあいなって日々を彩ると言うのであれば、私は木人形のように流れのまにまに、果てしない旅路を彷徨わなければならなくなるだろう。

  

 人が旅に出るのは、山に登るのは……きっと違った意味があるのだ。旅に出たこともなければ、山にも登ったことのない私にはそれがわかるはずがないのである……


 そう言えば、船で揺られたその果てに、遥か数千年前から同じ地に根をおろし続ける大樹があると聞いた。今では天をも支えるほどの大樹となり、世界が夜になるのはその大樹の枝葉が影をつくるからだととも聞く。


 その大樹とて、生まれ落ちた時は私の小指の爪先ほどの種であったはずであろうに……


 言われてみれば、今年に入って隣の家の犬に子犬が生まれて、土手には見たことのない紫色の花が咲き、土手には南天も生えている。八回目の四季を経験した柿の木も今年こそ実をつけるだろう。


 足元を見れば、蟻がせっせと自分達よりも大きな獲物をせっせと運んでいるではないか。


 足元に視線をやらずトオクにばかり見ていた。


 私には丈夫な足がある。トオクに行こうと思えばいつでも行ってやろうではないか、けれど、私の帰るべき場所はここなのだ。帰る所があると言うことは気が付けないながらも実に幸せなことなのかもしれない。


 すぐ隣にある幸せに気が付けずして、トオクの希望が見えるはずがなかろう。幻想にトオクのみを見て転んで転んで絶望しても仕方がない。


 まずは足元に希望を見つけることにしよう。


 

 枯葉よ。流れ流され何処の地へと行けばよい、そして誰にも気が付かれぬまま辿り着いた新地にて朽ち果てるが良い!


 私はこの場所で!何気ない日常にこそ希望を見出して、ほくそ笑むことだろう!それみたことかと大笑いすることだろう! 

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