体を乗っ取られたようなので、取り返したいと思います。
魔法学園ジェラルダ。
五つある大陸の中でも、比較的穏やかな風土の三の大陸に、その学園は存在する。
魔法界最古の魔法教育機関。その成立時期は千とうん百年前、魔法の開闢の時代――といえば建物の古さとか歴史の古さとかをおわかりいただけるだろうか。とにかく古い。改修を繰り返してきたといえ、古くささは拭えないのである。
あたしゲルダ・ルッテンベルグは、昨年入学したばかりの四学年の生徒。
十三歳で入学し、そこから十九歳の七学年の卒業まで七年間、生徒はメンバーはそのまま。編入や途中入学は滅多にない。ないったら、ない。
な、の、に。
「二の大陸のマーゼナス魔法学術院からの編入生のアドルフ・フェインドルグ君だ」
「アドルフ・フェインドルグです。よろしくお願いいたします」
二学年の四月。入ってきた、編入生が。まさかの編入生が!
魔法の教育機関というものは、それぞれによって○○派だの、○○○○派だの、派閥がある。
それぞれ専門にする魔法も異なってたりするから、水系統の魔法を学ぶならあっちの教育機関、精霊系の魔法を学ぶならこっちの教育機関とか、学びたい魔法によって門戸を叩く教育機関が異なってくる。
そのなかでも、ジェラルダ魔法学園は、比較的全ての魔法を学べる。ようするに広く浅く、必要最低限を根底に、全ての魔法を――レベルでいうなら――中の上並みに学べるのだ。
だから、さまざまな各方面に卒業生がたくさんいる。いすぎる。医学界にいたり、官僚になってたり、戦闘職になってたり、本当にさまざま。影響力は半端ないのだ。
かわってマーゼナス魔法学術院は魔法騎士の派閥、というか専門分野ではなかったか。魔法騎士になるならばマーゼナスを置いて他になし、とうたわれるほどの。
マーゼナス魔法学術院は魔法だけではなく、兵法も学び、剣術や武術も学び、魔法、そして騎士道を学ぶ。卒業生は皆さん騎士である。
アドルフ・フェインドルグはそんな教育機関からやってきた、細マッチョなイケメンだった。茶髪、茶の瞳、と色彩は一般的なのに、顔立ちが整うとここまで違うらしい。
くっきりした我の――失礼、意思の強そうな眉、切れ長の生き生きとした両面、高くもなく低くもない鼻、そして何より甘い笑顔。笑顔を見ただけで惚れる掘られる男女続出。あたしの付近の女子生徒はもちろん、男子生徒まで何だかヤバそうだ。別の世界の扉を開けた?
彼が来た日は、特に何も起こらずに過ぎた。彼は無意識で無差別にたらしフェロモンを振り撒き、一方的に惚(掘)れられたりしてはいたけれど、それ以外は実に平和だった、うん。
……ただ、それはあたし以外の場合、だった。
あたしはそんな彼が来た当日の夜に悲劇に襲われた。
いつものように、歯を磨いて髪を乾かしてベッドに横になった。うん、そこまではよかった。
『何よこれ!』
起きたら、“あたし”が勝手に起きて、“あたし”の体を触りまくって、姿見を見てきゃーって歓喜の声をあげていた。それを、あたしは天井に漂って、一部始終を見てた。
うん、あたしが“あたし”を見ている状況。
「この姿、“僕たちは君の虜”のゲルダ・ルッテンベルグじゃん! 可愛い女の子の体だよ、憑依転生ってやつ?! まさか病気で死んだ後に、ラノベみたいな展開なんてびっくり!」
“あたし”はくるくると躍りながら、“あたし”の胸を触ったり、髪を触ったり、顔を触ったり。色んなポーズをとったり、鏡の自分に向けて投げキッスをしたり、「うっふーん」とか気持ち悪い声を出したり………やだ、やめてやめて〜!!
「どーせゲームだし、姉貴に付き合わされて完徹とかやったゲームだけど……あん時は男落とすのキモかったけど、どうせゲームだし、楽しんでハーレム作ってやる!
……男落として女王さまエンドでかしずかせるのもいいよなぁ、それとも裏エンドのライバルキャラをかしずかせる百合ハーレム? この体で思う存分楽しもう、うん!」
ゲーム? 女王さま? 百合? ハーレムって、何?!!
叫んでも、声になりゃしない。動こうとしても、まるで水中を漂うようにしか動けない。視界に入る今のあたしの手や足は、透明なで透き通ってて、向こう側が見えてる。そこに見慣れたいつもの姿はない。鏡にだって映らないし。
編入生のアドルフ・フェインドルグがやってきた、翌朝。
実は第二王女で、王位継承権第三位なあたし――ゲルトラウデ・ケートヒェン・ゲルダ・ルッテンベルグ・ダンジェルマイアは、肉体を変態の狂ってる何かに乗っ取られ、ふよふよ漂う何かになりました。
なので、取り返すためにまず動きます。
お昼ご飯を知らせる鐘が鳴ったときに、ようやく室内から出れました。なかなか動かないんだよね。
素早く動けないし、浮いてるし、壁を通り抜けられてよかったよ。ドアとかさわれないし、歩けないしねー。通り抜けは良い近道です。
ゆったり、ゆったり漂って辿り着いたのは、教室がある建物の三階の廊下。
お昼休みだから、みーんな雑談しながら移動したり、いろいろ。ああ、いいなぁ。何であたしは漂ってんの。
何だかむしゃくしゃしてきた。
「何あれ?」
「ちょっと、ルッテンベルグさんじゃない?」
「あの男子たち、あの子に媚薬でも飲まされたの、あれ」
ん? 階段のあたりが騒がしい。気のせいかあたしの名前出なかった?
ふわふわ漂って到着した階段で見た光景に、あたしは頭を抱えたくなった。
「ね、ダメ? 君もワタシと楽しいことしよーよ」
胸元のボタンとかをぎりぎりまで開けて、スカートを短くした“あたし”が、たくさんの顔面偏差値の良い殿方を侍らせて、編入生のアドルフ・フェインドルグに…………抱き付いて、上目遣いで。
いやあああああああああああ、何してんの“あたし”ぃぃっっ!!! 何か色気ムンムンだよ!? 色気とは皆無っていわれてるあたしなのにぃ、中身が違うと何でぇえ!!
しかも女の子たちの、“あたし”を見る目……! 敵にまわしてるよ、ほら女狐っていわれてるぅう!
そのあと、あたしは漂いながら“あたし”を尾行した。気がふさいで、落ち込んでますけど何か。
――どんよりとした気持ちで尾行していると、ちょっと、人気の無いこんなはしっこで……授業サボって! 成績よくないと、出席率よくないと、頼み込んで市井に混じって勉強したいって頭下げて許してもらったのに………成績悪いと連れ戻されて、王宮のかったくるしい勉強やらされるじゃないのよ! せっかくの自由がなくなるじゃないのよ!
あ、人の体で何してんのよ的な恥ずかしいことを! 手を繋ぐ以外の肉体的接触……ほ、包容とか、せ、接吻とか! せ、せセクハラだ!! もういやああ!!
「おい」
いやああ!!
「おい」
やめてやめて!
「黙れゲルトラウデ・以下略・ダンジェルマイア王女」
って誰ひとの名前以下略って、しかも本名を――
振り向いた先には、ヤツガイタ。
「何だその“あり得なーい”というム○クの叫び的な顔は」
あ、あ、アドルフ・フェインドルグ!! はぁーって溜め息つかないでよ、情けないこいつって顔しないでよ!?
「あんたそれでも王女?」
呆れた、と鼻で笑った! あんたそんなキャラ? もっと爽やかで歯がきらんて光る貴公子――
「黙れじゃじゃ馬王女。俺はアンタの監視役に派遣されたんだよ。一年間自由になった王女は王女らしくなくなってないか、とかな」
けっ、て唾はかれた。
「そしたら二日目にはアンタは中身が別人になってやがる。しかも本人は魂だけで漂ってる。……中身が駄々漏れだしな、思考がな。キンキンうるさい」
……もうやだ。穴があったら入りたい。
「穴に入るな、あれをどうにかしろ」
がしっ、て肩掴まれました。て、何で透き通ってるのに触れるの、あたしは触れないのに! はーなーしーてー! 殴ってもすり抜けるなんて!! 殴らせてー、あんたも雑巾つかむみたいに持ち上げるな!
「黙れじゃじゃ馬王女」
悪かったわね!?
「だから十代半ばで王族なのに婚約者もうわついた噂も無いんだよ」
なっ、何ですって……!? 聞いてりゃ、次から次から次へと!
「ほら、自分で取り返してこい、お姫様」
え? ち、ちょ、あ、あっ………、あたしを投げるなぁああ!
アドルフ・フェインドルグはあたしをボールのようにぶん投げた。勢いよく風にのってあたしが向かう先は、“あたし”の体。
アドルフ・フェインドルグ! 元に戻れたらただじゃおかないんだから、あ、“あたし”にぶつかるーっ?!
――ぽひゅっ
あたしはそんな音を耳に聞きながら、視点が二転三転、目眩がすごくて思わず膝をついた。
『ぎゃっ』
そんなあたしのすぐ目の前で、透き通った体の七歳くらいの男の子が転がっていた。くらくらするのか、しきりに頭を振っている。
「ね、続きは?」
しばらく呆然としていたあたしは、耳もとで囁かれた声に背筋がぞっとして、鳥肌がたって――反射的に顔をあげれば、ニッコリ微笑む中性的な美貌。
「楽しいこと、するんでしょう?」
うふふ、と笑みを深めて近付く美貌に、
「近いぃぃ!」
あたしは無意識に声の持ち主を突き飛ばしていた。顔が真っ赤だよ、熱いよ!
「あ、ドルグ先生?!」
突き飛ばされた先には、女生徒の間で人気のドルグ先生が倒れていた。あ、あれ?
「ようやく体に戻れたか、ゲルダ・ルッテンベルグ」
振り返れば、疲れたように笑うアドルフ・フェインドルグ。疲れていても、少し馬鹿にしたような笑みでも、端正な顔立ちは端正なまま。
「あ、あんた、さっきはよくも……!!」
「体の恩人に、何その態度?」
くいっ、と腕をとられたと思えば、いつの間にかアドルフの腕の中。
う、腕の中?!
「な、な、な、な、な……っ」
「顔真っ赤にして、何をいうつもり?」
より強く抱き締められて、耳もとで囁かれたー!! な、耳、耳に息吹き掛けるな?!
「俺、確かに監視役だけど、アンタがきちんとやってるか以外に……変な虫がつかないかの監視役でもあるんだよね」
耳もと弱いんだ、とかいってアドルフは囁いてくるっ……。やめて、何か恥ずかしいー!
「おや、僕は変な虫ですか?」
「そうだろう? こいつの体目当てに、よその世界から魂呼んで好き放題しようとして失敗した変人は? あんた幼児趣味の同性趣味なわけ? 呼んだ魂子供じゃん。変態じゃんか」
「おや、勝手に自分の物みたいにする俺様君にいわれたくありませんね?」
……何か二人がいってるけど、あたし、どうしたらいいのさ?
『あ、逆ハーじゃないけど、取り合いしだしたー! 変態と俺様だ、おもしろそうだ、ぼくもまぜろ!』
……もう、嫌だ。疲れた………。