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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
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小さき野心

 隆之とエリーナの二人の生活が一ヶ月を経過し、隆之は限界を迎えていた。

 食事は料理人が用意し、身の回りの世話をエリーナが全て行ってくれている。生活費用は全てオネットからの仕送りでまかなっているこの現状に彼はほとほと嫌気が差していた。

 彼は大学を卒業した後に企業に就職し、今まで約五年間を営業として働いてきたのである。

 ぜんぜんの今の生活は働きたくない者には理想的であろうが、隆之自身は健康な男性が働かないことには反対だ。ましてや、自分よりも十歳も年下のエリーナが彼の為に働いてくれているのである。

 要するに今の彼の現状を一言でいうと、「ヒモ」と言っても過言ではなかった。


「エリーナ、今日から俺、働こうと思うんだけど……」


 朝食後の洗い物をしているエリーナに隆之は彼女の顔色をうかがうようにして言ってみた。


「タカユキ様、駄目です。そんなことをさせる訳には参りません」


 エリーナは彼の言動に慣れ始めてきたので、今では割と気さくに話してくれるようになっていた。良い傾向だと彼も思うのだが、この場合は大人しく従って欲しいと隆之は思う。


「いやぁ……することが無いんだよ。毎日朝起きて、マリオさんが作ってくれたご飯を朝と昼に食べて風呂に入ってから村のみんなと一緒に騒いで、日が沈んだら寝る生活ってやっぱり人として駄目だと思うのだけれど……」


「何をなされるおつもりですか?」


「だって、掃除も洗濯も農作業もエリーナが全部やってるし、女の子にそういうことを全部やらせて一日中家にこもっているのも限界なんだよ。手伝うって言ってもやらせてくれないし……」


 前の世界のように娯楽に溢れていた世界ならかく、この世界には働かずに一日を過ごすのは苦痛以外の何物でもない。暇を持て余した隆之は今回ばかりは譲るつもりも無かった。


「それが私の仕事ですから。タカユキ様に私の仕事をやらせる訳には参りません」


 彼女も必死だった。彼が自分のことを自分でしてまえば、彼女のここにいる意味が無くなってしまう。


「やはり、私は必要無いのでしょうか……」


「だから、違うって! エリーナは良くやってくれているよ。でも、全部君に押し付けるのは気が引けると言うよりも、何もせずに一日を過ごすのは限界なんだよ! 本当にすること無いんだよ! 村を見て回るのにも飽きたし、魚釣りも飽きた! 本を読むことすら飽きた!」


「子ども達もタカユキ様と遊んでもらって喜んでおりますよ」


 どれだけ言っても、エリーナは理解してくれない。庶民は汗して働くが、貴族は庶民から税を取ってそれで暮らすという固定こてい観念かんねんが彼女にはある。

 いくら彼が自分は貴族ではないと言っても、彼の経済力──オネットからの仕送りを見ているので信じて貰えなかった。


(駄目だ……やっぱり理解して貰えない……でも、所詮しょせんは持つ者の我儘わがままとしか捉えて貰えないよなあ……)


 村の現状は貧しい。彼一人が労働に加わったからと言ってそれが改善される訳ではない。

 仮に彼が仕送り全てを村の為に使い、肥料・農具・牛馬を買いそろえたとしてこの村の収穫が増えたとする。しかし、その分税率が上がるだけで何の解決にもならなかった。

 しかも、その農具を買い揃えた金の出所が疑われて税を誤魔化したとして村人全員が厳罰を受けることになる。馬鹿馬鹿しい限りだ。

 ヨルセンの村はライオネル王国の直轄領の為、金銭で領地を買うことも出来ない。国王が派遣した代官が善政を行う気配は全く無かった。

 隆之は一度だけジゼルの代官と面会したが、彼は隆之に対して露骨ろこつ賄賂わいろを求めてくるほどに始末が悪かった。


(そもそも、こんなに(さび)れてしまった直轄領で税率七割って! 何考えてるのここの御代官様は! 経世けいせい済民さいみんを知らないとしか思えないだろ!)


 彼らの可処分所得を増やすことは隆之には出来ない現状において、彼は大貴族の隠し子として怠惰な毎日を過ごすしかない。とてもやるせないことだった。

 隆之は村人を巻き込んで村の広場で酒宴しゅえんを連日のように行っている。そこで彼らが飢えることの無いように食料を分配することが目的だ。代官には放蕩者ほうとうものと思われているが、上手く騙せているなら問題ない。

 隆之の想いは村の皆にも伝わり、最初の頃にあったわだかまりも今では無くなってきていると言って良い。

 彼が酒宴を行うようになったのは、この家に住んでから五日目のことだ。

 エリーナは食事を良く残していた。二日目には料理人のマリオに二人分の料理を作って貰っていたが、彼女は自分の分にほとんど手を付けていなかった。そして、夕方に良く出歩いていた。

 隆之は彼女の行動に予想が付いていた。案の定、彼女の向かう先は村人の家々だった。彼女は自分の残した分と貯蔵庫にある食材を少しだけ持って廻っていたのだ。

 辺りを見回しながら、村の女性達にわずかな食料を配って回るエリーナに彼女達は頭を下げていた。それほどまでにこの村は貧しく、村人全員が飢えていたのだ。

 その様子を隆之が黙って見守っていた。

 最後の家で隆之にその行為を見つかった瞬間、エリーナの顔は見る見る蒼褪あおざめていった。


「何も言わなくて良い……」


 隆之はエリーナにそう告げ、一緒に家に帰った。

 その翌日から隆之の放蕩生活が始まった。料理人のマリオに朝と昼だけ作って貰い、残りの食材を全て使って村の広場で宴会を開くことにした。だから、今では毎日大量の食料が隆之とエリーナの家に【カタール商会】から運搬うんぱんされている。

 女性陣に料理を作って貰い、皆で食べて飲む。最初は変人扱いされていたが、今では隆之の気持ちは村人に十分に伝わった。


「分かったよ、エリーナ。でも俺は諦めた訳じゃあ無いからね」


 隆之は彼女の為に自分の食器を持っていき、これからのことを考える。


(絶対にこの村の人達が誰も飢えることの無い体制にしてみせる……)


 彼の小さな野心とも言えるこの思いは直ぐに実現することとなる。

 彼の思ってもいなかった形で……

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