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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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大いなる絶望を希望に変えてこそ英雄

 魔力と言う物は普通の人間には宿らない。各王国には宮廷魔術師と呼ばれる者達も存在はしていたが、その役目は占星術に特化した研究職の色合いが強い物である。

 人間も微少の魔力は内包してはいる。されど、その力は偏在的であり、多くの者がその魔力の存在には気付けてはいなかった。

 実在することは分かってはいるが、その内包する魔力の存在に気付ける人間は少数を極める。それが人間に魔法の術式が存在しない大きな原因であった。

 此処(ここ)、ライオネル王国において魔力の存在に気付ける男は二人居る。一人は隆之であり、もう一人は今生の【英雄】であるフランク・オットー将軍であったことは既に述べた。

 そして、あの【傲慢クラリス】と【怠惰シンクレア】の魔力解放に気付いたフランク・オットー将軍はその瞬間、背筋の凍る思いを味わうことになった。

 部下の報告に目を通している最中に感じた絶大な魔力はフランクの身体を稲妻の如く走り抜ける。


(何なのだ……これは……)


 彼の背中に一筋の汗が身に着けた服に吸い込まれることなく滴り落ちて行った。気温は暑くもフランクの心胆は極寒の極地に飛ばされたかの如く。

 瞬きを忘れ、次第に目が乾いていくも、潤いを齎す涙は流れはしない。両の二の腕に痺れのような物が走り、羽を加工して作られたペンを持つことも叶わない。

 力無く放心するようにフランクの部下が声を掛けるも、フランクは視線だけを部下に向けるだけで答えようとはしなかった。


(これが……きさきの称号を持つ魔人の力と言う物なのか……信じられぬ……)


 妃の称号を持つ数人の魔人達の持つ力を魔力と言い、その強大な魔力こそが世界のことわりくつがえす魔法と言う存在なのだ。その真髄をフランクはたった今、思い知らされたと言えた。

 数ヶ月前に感じた存在には此処(ここ)までの禍々(まがまが)しい想いは感じず、最後には誰かを守ろうとする強くも優しい意思をフランクに感じさせる物であった。では、これを何と表現すべきなのであろうか。

 二つの強大な魔力に込められた想いは強い本能を感じさせる物であり、飢えと渇きに近い物と言える。


(これは王を求める魔人の欲望! 他の全てを捨ててまで、王を迎えんとする魔人の意思……あの【怠惰】が全てを賭けて本気挑んでくるだと? ならば、我が国に残された道は滅亡しか残されてはおらぬ!)


 絶望の象徴である魔人達が遊戯ではなく、本気を出して攻めてくるなど、フランクには考えたくも無い悪夢だった。

 彼は癖のある黒髪を掻き毟り、荒い息で周囲を見渡す。先程から騒音を撒き散らす無能な部下がフランクの思考の邪魔をする。


「下がれ!」


 フランクの一喝に部下は驚くも大人しく命令に従い、大人しく退出して行く。

 フランクの心には確かなおごりが在った。上級魔人を殺す事など、古の英雄達がついぞ成し得なかった究極の偉業である。しかし、その偉業を成し遂げる自信がフランクにはあったのだ。

 フランクは神に選ばれた我が身こそが前人未到の偉業を成し遂げると信じて疑ってはいなかったが、彼の目の前に突きつけられた現実は残酷を極めた。

 机の上に一匹の蝿が止まる。脚を擦り合わせるその様にフランクは自らを重ね見た。


(あいつ等にとっては俺も目の前に蝿に過ぎぬか……殺そうと思えば難なく殺せる脆弱な存在か……)


 遠く離れたこの地に向けられた魔力の波動はフランクに向けられた物で無い事位は彼にも分かっている。あの魔人達の求める存在は魔王となりし【】であり、彼の存在などは眼中に無いのであろう。


「今生の【】、名をタカユキと言ったか……」


 フランクはそう呟くと急いでこれより取る策を頭の中に巡らせていく。


(あの少年の願いは叶えた。貸し付けた物には利子を付けて貰う。その前にあの暗君の企みは何としても阻止せねばならない。仮にそれを阻止出来たとしても、あの【怠惰シンクレア】が約定を破らぬとの保障が何処にある! これまでつちかった約定を破らぬと言うことは奴のはかりごとではないのか? 裏切る上でこれ以上は無い膳立てではないか!)


 ライオネル王国はこれより一週間後に【怠惰シンクレア】の治めるスフィーリアに進軍する予定だ。

 王国の直轄領のみで編成された軍の規模は凡そ一万五千、諸侯の全てが王の決定に反対した。侵攻を決定した事に対してもそうであったが、何よりも諸侯に軍を出させぬ意味の無さに反対したのであった。


(恩賞として授ける領地を惜しんだとは言え、たった一万五千の兵で何が出来ると言うのだ。しかも、率いる将が寵童ちょうどうの兄だと! 兵站を軽んじ、兵糧を現地調達させるつもりとは……)


「伯父上……これが、これがこの国の王の歩む道なのですか! あいつ等は人の手に負える存在ではない! 伯父上の歩む道は亡国の道……伯父上の愚かなる甥は慢心を起こし、自らの力を過信した結果、あの魔人達に己が勝てるなどと言う夢想を抱いた……」


 フランクは手元の羽ペンを強く握り締め、自らの胸中を吐露とろする。彼は自分ならば魔人に勝てると思っていた。また、そうでなければならない。

 フランクがモール王国の始祖義正と並び立つ英雄となり、この王国に百年の安寧を与えねば、他の誰がこの世界を救うと言うのであろうか。

 シンクレアとクラリスの前でフランクが一匹のい蝿に過ぎぬ現実に打ちのめされたとしても、人は生きる。全力で己の出来る最良を見出し、歩み続けるより他は無い。

 フランクは笑う。両の拳を握り締め、力を込める。内に感じる力は覚醒を迎えし英雄の力――

 フランクが決意を新たに立ち上がると、


「失礼します。フランク様、宜しいでしょうか?」


 と、室外から部下の声が掛かった。先程の案件の確認をどうしても部下は行いたいらしい。


「入れ……」


 フランクは言葉と共に羊皮紙に目を通し、其処に書かれている文字をもう一度確認する。そこの最初の一文には


――ヨルセン謀反――


 とだけ記されている。

 続く詳細に目を通して行く内にフランクは自らが追い込まれて行くのを感じた。叛乱の鎮圧には何としてもフランク自らが赴かねばならない。


(今生の【】が何を考え、謀反に踏み切ったのかなど……当然ではないか! 全ての蓄えを差し出すように命じられ、飢え死にする位ならば、誰でも反旗を翻す。ましてや、【】が魔王の力を解放したとレティシアは言っていた。虎の尾を踏む愚か者が!)


 今生の【英雄】であるフランクと今生の【】はヨルセンで出会う事となる。隆之と道を同じくし、歩む事にしかフランクは活路を見出せずにいた。

 だが、其処(そこ)に示された唯一つの道は目の前に迫る大いなる絶望を希望に変える光を放っていた。

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