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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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司農の来村

 エリーナが用意してくれたご馳走を頂いた隆之は英気を養うどころか、酷く落ち込んでる。

 愛する妻の手料理がこんなにも不味いとは想像もしていなかったからだ。

 そんな落ち込んでる隆之を他所(よそ)にエリーナは畑仕事に出る支度を整えている。

【暴虐ベアトリス】の言った言葉「隆之が蓄えた物資や財は徴発と言う名の掠奪の憂き目に会う」は隆之自身も懸念材料だった。

 隆之は一つ予感を覚えていた。

【カタール】商会のカタールから【怠惰シンクレア】との戦に備えて臨時徴収が始まるとの情報を既に手に入れている。

【ジゼル】の街で代官に就任しているウィルソンからは何の連絡も受けていないが、ギリギリ迄先送りする気なのだろう。

 個人的には好ましい人柄のウィルソンだが、役人とはそう言うものだと隆之は割り切っていた。

 自分も畑仕事の準備をしながら隆之はこの【ライオネル王国】が置かれた状況から自分の財産の優先順位を考える。

 金貨はならば、別に良い。

 問題は物資を徴発された場合には隆之の計画が大きく狂う事となる。

 蓄えられた膨大な物資は隆之の【魔力障壁】により、普通の人間には触れる事さえ出来ないのだが、その物資を巡っての問題は非常に困った事態を引き起こす可能性が十分にあった。

 司農と呼ばれる臨時の特別役は直轄領に途方もない税を課す権限を有する存在が先の【モール王国】との戦に()いても掠奪の限りを尽くしたと言う。

 早ければ、この二・三日が司農が徴発に来るであろうと隆之は読んでいたのだが──

 隆之とエリーナの二人がドアを開けて畑に向かう途中で彼の予想よりも早く村の入口付近から土煙が上がっているのを確認出来た。


(思った以上に事態は早く進んでいる。想定の範囲内で、出来るだけ穏便に事は済ませたい。()れは相手がどう出るかだな)


「……エリーナ、今日は家に居てくれ。あれは多分、司農が率いる傭兵崩れの国軍の徴発部隊だ。村長のバルパスさんだけでは手に負えない」


 突然の隆之の言葉にエリーナは顔を強張(こわば)らせる。

 過去に引き起こした司農の仕打ちの記憶が蘇ったのか、震えながら家へと(きびす)を返そうと一度はするも、振り返ると隆之の手を強く握った。


「……怖くないの?」


 隆之の言葉にエリーナは「怖いです」と肯定したが、離れようとはしなかった。


(野良着で都合が良かったな。エリーナも以前、司農から略奪されたんだろうな。話を聞いた限り、餓死者が何人も出た程に徹底的に収奪されたらしいけど)


 隆之夫妻は村の広場に向かって歩き出す。

 土煙が濛々(もうもう)と上がる中、村の住人達はそれぞれがそれぞれに行動を起こす。

 男達だけが集まり、若い女や子供は家に(こも)り、戸を閉める。

 傭兵崩れの軍に秩序を求めるのはお門違いだ。

 慰安と称して若い女は連れ去られる可能性がある。

 盗賊と何ら代わりのない司農が率いる軍の規模は(おおよ)そ三百であったが、集団で行動する人間の数は実数よりも多く感じさせる錯覚を引き起こす。


「この度、司農の印綬を拝領したヴァレンシュタイン・キノール准爵である。ヨルセンの住人達には臨時の人頭税として一人当たり穀物百袋、金貨三枚を徴収する。宿敵【怠惰シンクレア】との戦にて役立てる為に光栄に思うが良い。足りぬ場合は女を五十名を差し出すように!」


 声高に宣言する馬上のヴァレンシュタイン・キノール准爵はこれから始まる掠奪に舌舐めずりしそうな勢いで欲望に(まみ)れていた。

 隆之は元居た世界の傭兵王と同じ名前の司農に皮肉さを感じ、エリーナを背後に守りながら微笑した。


「そ、そんな量の穀物を用意する事は不可能でございます。司農様、どうか御慈悲を下さいませ」


 村長のバルパスが抗議の声を挙げる中、隆之は言葉を発する。


「私は戦死されたとは言え、フリーマー将軍に連なる者と知っていながら、この村から徴発するつもりか? ならば、それ相応の覚悟を()って徴発するが良い。後でどうなっても知らぬぞ」


 隆之は自ら手に掛けたアイン・フリーマー将軍の縁者であるとはったりを述べた。


「ふん! 没落寸前のフリーマー家等眼中にないわ! 皆の者、其処(そこ)に蓄えられた穀物を残らず徴収せよ。金貨についてはまたの機会とする」


 ヴァレンシュタイン・キノール准爵は隆之の言葉に耳を貸さず、引き連れた傭兵に命令を下した。


()れは私の私財だ。如何(いか)に司農と言えども、手を付けるべき代物ではない。まあ、徴収出来る物ならば、試してみろ」


 傭兵達が穀物に殺到するも隆之の【魔力障壁】によって近づく事が出来ないでいる。


「お前達、何をしている! 早くその穀物を徴収せぬか!」


 何時(いつ)(まで)も近づく事が出来ない傭兵達は混乱し、途方に暮れる。

 隆之はこの日が来る事を予想していた為、懐から羊皮紙を取り出し、【カタール商会】に預けられた内の金貨五百枚の証文を素早く記入し、ヴァレンシュタイン・キノール准爵に手渡す。


「ヨルセンが出来る事は金納だけだ。指定された穀物を徴収出来なかったヴァレンシュタイン卿も立場と言う物があろう。これよりヨルセンは【ライオネル王国】に対して叛旗を(ひるがえ)す。()のように報告なさるが宜しかろう」


 隆之は証文をヴァレンシュタイン・キノール准爵に手渡すと【暗示】の魔法を掛ける。

 すると、ヴァレンシュタイン・キノール准爵は大人しくなり、(うつろ)な目をして傭兵達に撤収を命じた。

 腹一杯食べれる事と、女を抱ける事を期待していた傭兵の一部から不満の声が挙がるが、彼らにも隆之は【暗示】の魔法を掛ける。

 これで【ヨルセン】は【ライオネル王国】と袂を分かった。

 反乱鎮圧の為に軍が派遣される事であろう。

 しかし、()れは隆之の目論見であり、下手に【怠惰シンクレア】に軍勢を割かれるよりは【ヨルセン】にて人間の軍勢を相手にする方が都合が良かった。

 突然の司農の豹変振りに村の男達は驚いていたが、隆之はこの程度で驚かれては先が重いやられると苦笑した。

 人間の軍勢等、数十万、数百万、数千万が攻めてこようとも隆之には何の痛痒(つうよう)も感じない。

 ()れは【怠惰シンクレア】にして見ても同じ事が言えた。

 隆之は殺さずに軍勢を引かせるだけだが、【怠惰シンクレア】は嬉々として虐殺するであろう。

 隆之は()れだけはこの王国の人間達に理解して欲しかった。

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