今の生活
【暴虐ベアトリス】の居城【アスディアナ】宮殿より隆之の【転移】魔法で自宅へと帰宅した途端にエリーナが玄関前に座り込んだ。
余程にベアトリスとの会談が堪えたのか、腰を抜かしたようでその場から動こうとしない。
「エリーナ、今日は色々あったから疲れたんだろう。夕食は残り物で済ませて、早めに寝るとしよう」
隆之はその場に座り込んだエリーナを右手で肩を、左手で腰を支えながら抱き上げる。
突然の夫の行動にエリーナは耳迄真っ赤に染めた。
このような抱き上げ方をされるとは想像の範囲外であり、男女が手を繋いで歩くのも憚れるこの【世界】に於いては隆之の取った大胆な行動はエリーナを驚かせた。
されど、愛しい夫にこのように抱き上げられる事に無上の幸せを感じ、エリーナは少しだけ夫に甘える事にする。
「そうです。色々な事があり過ぎて私も疲れました。あなた……今日は先に一緒にお風呂に入りましょう」
エリーナの言葉に隆之は「喜んで」と微笑みながら答えた。
隆之はエリーナを抱きかかえたままに我が家の浴室へと向かう。
そこは大理石を加工されて作られた岩風呂で、かけ流しの温泉が湯舟から溢れだしていた。
外には檜で造られた露天風呂が竹の囲いで覆われているのだが、それは滅多に使用する事はない。
脱衣所で実に下らない問題が一つ生じた。それは今、着用している服の脱ぎ方が隆之夫妻には分からない事だった。
衣類は隆之が魔法で加工して創造した物なのだが、今迄縁がなかった豪奢な服をどうするかで隆之夫妻の些細な喧嘩が始まる。
「あなた、勿体無いではありませんか! こんな上等な服を消してしまわれるのですか?」
エリーナの意見は魔法で創造した物であれ、これ程に上質の衣類を一瞬で消してしまう事に反対だった。
「いや、脱ぎ方が分からないし、消した方が手っ取り早いと俺は思うよ」
それに対しての隆之の意見は物に頓着しない考えだった。
「私も今着ている下着の脱ぎ方が全然分かりませんが、何とかなりませんか? この服は売ってから、そのお金を孤児院に寄付しましょう」
何処迄も現実的な意見を持つエリーナに隆之は苦笑する。
「下着迄売るつもりかい? 確かに良い金額になるとは思うよ。でも、俺は嫌だな。エリーナは自分が着用した下着を他の見も知らない誰かが着ても気にしない訳?」
隆之の言葉は正鵠を射ていた。確かに自分の使用した下着を誰かが着るのはエリーナも恥ずかしいと思うようになっていた。
以前ならば、お金に変わる物ならば全て売り払ってきた自分の生活が此処まで一変するとは夢にも思わなかったものだ。
「下着は別として、このドレスは売りましょう。何としてでも売りましょうよ。それで困っている人が助かるのならば、私に異存はありません」
隆之は「やれやれ」と呟き、エリーナのドレスの後ろ側のボタンをゆっくりと外していく。
隆之に本当は脱がせ方は分かってはいたが、エリーナがまさかこの服を売ろうと考えていたことは想像の範囲外だった。
エリーナは疲れているのであるならば、消滅させてから早く湯舟に浸かりたいのが隆之の本音だ。
「因みに、下着の色は白だから。俺が創造したから分かっているんだよね」
隆之の余計な一言にエリーナはぎょっとして後ろを振り向く。
「あなた、私の知らない事を態々言わなくても良いです! この下着って苦しくて仕方がなかったんです。あなたの趣味は少しどうかしてますよ」
嘗ての日本の水準として用意された下着はこの【世界】になかった物だ。胸当てとして用いられるのは布を何重にも巻き付けるのが基本と言えたので、隆之の創造した下着は斬新過ぎてエリーナに取っては息苦しい物でしかなかった。
苦労して下着姿になった隆之夫妻は豪奢な上着を丁重に折り畳み、下着を脱ぎ始めた。
夫婦なのだから、今更裸の付き合いは珍しい物ではない。
二人とも生まれた姿のままに風呂場に向かう。
溢れ出す温泉で二人は仲良く身体を洗い合う。
とても高価な洗髪材と石鹸を用いて体を洗い終わった後に隆之から湯舟に浸かる。
湯舟に浸かった隆之はふうっと息を吐き、今日あった出来事も洗い流す。
明日は優しい自分に戻れるであろうか。そんな心配を他所にエリーナも湯舟に浸かる。
そんなエリーナの裸をまじまじと見ない程には隆之はエリーナの裸姿を見慣れつつあった。
当初はお互いが意識して遠慮し合い、距離も離れていた二人だったが、今では二人は寄り添うように湯舟に浸かる。
「……エリーナ、これが俺が望んでいた全てなんだ。君と二人で仲睦まじく、時には喧嘩もして、一緒に子供を育てる。やっと手に入れた。やっと取り戻した。これを邪魔しようとするんだって、魔人達は。許せないよ。とても許せない。だから、この幸せを永遠の物としよう。俺が叶えてみせるから。エリーナは何の心配も要らないとは言い難いけれども、俺が出来る限りの事をしたら、また二人でお風呂に入ろう。いや、三人の間違いだったね」
隆之は浴室の天井を向いたまま、エリーナに話し掛ける。
エリーナはその隆之の肩に黙って顔を乗せた。
自然とそうなる関係が夫婦であったが、この生活を守る事は今後は至難の業である事はお互いに理解しあえていた。




