ベアトリスへの進物
隆之はベアトリスへ去り際に突然の訪問の謝辞を述べ、事前に用意していた手土産を懐から取り出し、手渡した。
「ほう? 手ぶらでの訪問で全く構わなんだのに、手土産を態々用意してくれたのか。期待して良い物か?」
隆之が懐から取り出した小さな小箱は外観は何の変哲もない木箱だったが、ベアトリスが嬉しそうに開けると彼女は驚愕の表情を浮かべた。
その中身は純金の留め具に紅玉の輝きを放つ【魔王の美酒】が加工されたイヤリングだった。
【魔力結界】でイヤリングは普通の物と変わらぬように細工され、込められた魔力はベアトリスにも分からない。
このイヤリングを飲み込めば、「【暴虐ベアトリス】は真に魔王として覚醒出来る」とベアトリスが確信出来る事は用意に想像出来る逸品であった。
「……タカユキ、これは望外と言うよりも、其方の真意が分からぬ。予がこれを使う時が来ると其方は来ると考えているのか? 最初に言っておくが、予がこのイヤリングを使う事は決してないと断言しておこう。其方は無情だな。其方に女として迎え入れる事を其方自身が否定するとはな。魔王は例外無く男性形態となる。其方は私を決して女としては見てくれないのだな」
ベアトリスの表情は少し曇っていた。ベアトリスの本心は隆之に情けを貰いたいと言うものだったが、当の隆之にその気はないと引導を渡された気分だったから。
「ベアトリス……私は貴女に仕えたいと思いはすれど、貴女を女性としては愛せない。俺が女性として愛するのはエリーナ一人……それを貴女は理解してくれていると信じている。もしも、私に味方した時に切り札として用いて欲しいから手渡す。それを付けてくれていると嬉しい」
隆之はベアトリスの表情を見て、言葉を紡いだ。その言葉は細心の注意を払いながらも、ベアトリスを傷付ける物に他ならなかったが、隆之はテーブルの上にイヤリングを置き、ベアトリスが受け取るかをじっと待った。
ベアトリスは苦笑しながらも、イヤリングを受け取り、それを両耳に付け始めた。
その仕草は少しの悲しみと嬉しさの入り混じった複雑なものではあった。
「どうだ、隆之。似合っているか? これを使う日が来る時が無いように努めていくとしよう。今生の魔王様からの折角の手土産だ。今生の魔王より初めて下賜の品を賜った名誉ある魔人として誇りに思おう」
ベアトリスが魔人としての振る舞いを取り戻したのを確認した隆之はエリーナと共に突然の訪問の謝辞を述べた後に暇する事とした。
「これにて暇させて頂きます、ベアトリス。貴女様の今後の統治に期待させて頂きます。絶対的な力を以て、この地に住む魔人達を恐怖で支配して下さいませ。私が望むのはやはり人間が人間らしく生きられる場所。魔人が魔人らしく振舞う事を否定する【魔王の美酒】として、人間への待遇の更なる改善を期待しております故」
今迄沈黙していたエリーナと共に隆之は立ち上がり、【転移】を発動させる。
一瞬にして消え去った二人を見つめたベアトリスは立ち上がり、エリーナの残した磁器を思い切り床に叩き付けた。
床に破片が飛び散り、大きな音がした後にベアトリスは俯きながら、ゆっくりと嘗て磁器だった物を踏み躙っていく。
「どうして……どうして……あの女が横に……どうして……どうして……愛してくれないのよ……」
ベアトリスは絶叫し、直ぐに側に控える魔人の召使いに片付けを命じる。
女の嫉妬を隠そうともせず、エリーナに向ける感情は憎悪に近かった。
隆之と今生では決して添い遂げられない歯痒さにベアトリスは暫し沈黙した後、命令を下す。
それはこの【ルーディア】に於いて、人間を奴隷とする事、人間を食料とする事を禁じる物だった。
結ばれぬと分かってはいても、隆之の望む治世を行わねばならないと言う義務感がベアトリスの心を支配する。
【暴虐ベアトリス】は暴虐の名を冠する絶大な力を持ち合わせた魔人だ。
魔王を除き、その命令に不満はあれど、従わぬ配下は存在しない。
滅亡させた元【モール王国】への逃亡者も減る事になるだろう。
その治世が人間が住み良い環境になりつつあるのだから。
絶対的少数派の魔人に取って、暗黒時代と言うべき時代の到来であった。
「どうとでもなれば良い。魔人が滅ぶならば、それはそれで一興。自分は半人半魔であり、どちらにも居場所がない半端者なのだから」
ベアトリスは付けたイヤリングを嚥下しようと一瞬考えたが、その思いは直ぐに霧散した。
これを心の支えにベアトリスは生きて行く。
高々数百年待つのはベアトリスには吝かではなかった。




