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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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ベアトリスとの再会

 隆之は意地悪をした。

 先程の女性が与えた金銭を皆で平等に分けるか、独占するかを試す為にあのような言葉を彼女以外の誰にも聞こえないように(ささや)いたのだ。

 隆之の予想では、彼女は独占する事なく平等に金銭を分配するであろう。

 その理由はあれだけの啖呵(たんか)を切った女性が隆之の気に入らない行動を取る可能性は低いと隆之は判断したからだ。

 仮に金貨を独占したとしても、後が続かない。

 彼女が人間として相応しい生活を送るには隆之の継続的な援助を如何(いか)にして引き出すかに掛かっている。

 ならば、その隆之が不快に思うであろう行動を取る可能性は低いと判断した。

 女性として、身体を売る相手すら居ないと断言され、その身体を売れば助けて貰えそうな相手が隆之だった。

 金髪碧眼でこの【ルーディア】では珍しく豊満な肉体を誇る彼女であったが、身に纏う衣類は襤褸雑巾(ぼろぞうきん)のようであり、豪奢なドレスを来たエリーナに怨嗟(えんさ)の声をぶつけたとしても致し方ない。

 別に隆之自身は女性が生きる為に身体を男に差し出して金を手にするのを否定する気はない。勿論、肯定する気もなかったが──


「さてと、突然の来訪に失礼極まりないけれども、【暴虐ベアトリス】が俺の為に用意してくれていた部屋に【転移】するよ」


 その言葉にエリーナは夫である隆之と【暴虐ベアトリス】の関係を理解し難かったが、黙って夫の決定に従う事にする。

 エリーナが囚われていた期間に夫がどんな苦労をしたのかは先程のやり取りで少しだけ理解した。


「【暴虐】を冠する魔人の頂点の一人とこれから会うのですね」


 エリーナは覚悟を決めて、目を瞑る。

 そして、【転移】が発動して目を開けると信じられない光景が目の前に広がっていた。

 天蓋付きのベッドには白い薄絹で覆われ、羽毛入りの掛け具が敷かれている。

 天井に吊るされたシャンデリアには火が灯された蝋燭(ろうそく)が並べられ、部屋全体を明るく照らし、寒いこの地ではなくてはならない暖炉には(まき)()べられ、温かな空間を創り出していた。

 他にも目を見張る調度品の数々がエリーナの視界に入って来たが、一番目を見張ったのはこの世の中にこれ程の美女が存在するのかと言うべき女性がテーブルに付き、お茶を(たしな)んでいた事だった。

 褐色の肌に琥珀色の瞳、肩まで揃えられた銀髪が眩しい女性の名をベアトリスと言った。

 最高級の茶葉の香りに包まれた部屋で傾国の美女が紅茶を(たしな)んでいる。

 その対面には一度は割れてしまったのであろう磁器が金箔によって修繕され、紅茶を注がれていた。

【転移】によって突如現れた隆之夫妻に驚く様子も見せず、ベアトリスは隆之とエリーナに満面の笑みを浮かべて、席に座るように促した。


「意外と遅かったな、タカユキ。無事に伴侶(はんりょ)を取り返したようで何より。さて、今日は()に頼みたい事でもあるのかのう?」


 隆之は【魔力結界】を解き、二脚用意された椅子の片方を引き、エリーナを座らせると、自らも椅子に座る。


「宮殿の外で一騒ぎを起こしてしまいまして……その間に準備をして下さったのですか?」


 隆之の素朴な質問にベアトリスは黙って首を振る。

 この部屋は何時でも隆之が入って……否、帰って来ても良いように準備がなされている。

 宮殿の外の出来事等は関係がない。

 しかし、それはベアトリスだけが胸に密かに隠しておくべき事柄だった。

 その様子に隆之は気付いてはいなかったが、エリーナは違った。

 ベアトリスが隆之に対して抱く想いに気付くには時間があり過ぎだ。

 エリーナの中に隆之から捨てられる心配が浮かぶも、夫の顔をみた瞬間にその不安は消滅した。

 ベアトリスがそんなエリーナを見て、微笑し、言葉を発する。


「そうしておこうか。そうだな、宮殿で一騒ぎがあったのは分かったが、其方(そなた)が魔力を行使した事は全く気付けなんだ。其方(そなた)の魔力隠蔽能力はある種の必殺、初見殺しに値するな」


 他愛のない言葉と同時にベアトリスは部屋の外で控えていた魔人の召使いにエリーナに紅茶を持って来るようにと差配する。

 手際良く準備された紅茶をエリーナは小さく「頂きます」と言ってから口に含んだ。

 最高級の茶葉の味はとても苦かった。

 二人の会話に入る余地はエリーナにはなく、蚊帳の外に置かれた立場が肩身の狭い思いを湧き出させる。


「【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】の二人に出来るだけ情報は与えたくはないんです。単刀直入に聞こうと思う。ベアトリス、君はどうする?」


 隆之の言葉にベアトリスは少し眉を(ひそ)める。

 仕えるに値する魔人の王、魔王と呼ぶべき隆之と王妃二人の最強の魔人達。しかも、その一人は長年友誼を結んで来た者だ。


「そうよのう……()は美味しいところを頂こうと思うぞ。お主が勝つのは五分五分、()其方(そなた)に味方すれば、其方(そなた)の勝ちは揺るぎない。でも、最初から其方(そなた)には付かぬ。其方(そなた)がその力を使い、守りたい者、護らねばならぬ者を必ず守り抜くと良い。それが出来ると信じるからこそ、()其方(そなた)の最初から味方はせぬ。勝馬には乗らせて貰うとしよう。【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】に負けた時の覚悟は出来ておるのか?」


 ベアトリスは紅色に彩られた唇を優雅に用意された布で(ぬぐ)うと、隆之に質問をした。

 ベアトリスの予想では仮に隆之が負けた場合、エリーナは残虐非道に殺された挙句、隆之は監禁された挙句に閨で快楽に溺れる生活が待っているであろう。

 勝馬に乗ると言うのは、それこそがベアトリスが望む未来だからに他ならないのか。

 そうではなく、そうならない確信がベアトリスに在ったからと言えた。


「覚悟? 必要ありませんよ。戦うからには必ず勝ちます。【怠惰シンクレア】には戦闘と交渉が拙過ぎると言われましたから……ですから、戦闘と交渉は一切行いません。ベアトリスが中立してくれるだけでも有難き話です」


 隆之自身が負けた時の処遇を分かっていると理解したベアトリスは安堵(あんど)した。

 それでこそ、サムライとして、ヨシマサとして相応しい姿と言えた。

 その言葉に満足すると、ベアトリスはエリーナの方に顔を向け、頭を下げて頼み込んだ。


「エリーナ殿、タカユキ様が選ばれた伴侶(はんりょ)としてタカユキ様を支えて下され。これより先はエリーナ殿の夫君を巡り、魔人が己の力を出し切って戦う時代が到来する。それは誰も体験した事のない戦となるであろう。エリーナ殿は御子様を無事に育て上げて頂きたい。()は半人半魔であった自らを呪っておったが、今日初めて半人半魔で良かったと思えた。良き御子をお産み下され」


 ベアトリスの言葉にエリーナは力を振り絞って、「はい」と返事をした。


「隆之、其方(そなた)の保有する金貨は?」


「五十万枚は下りません」


「必要物資の確保は?」


「二百年は持たせてみせましょう」


 立板に水の(ごと)くベアトリスの言葉に(ことごと)く返す隆之は自信がなく、覇気がなかった。

 その隆之にベアトリスは笑った。

 笑いを堪え切れずに笑った。

 それだけの努力をしながらも、隆之の心配が手に取るように分かってしまったから。


「難儀にも無駄に努力を重ねるものよのぅ、タカユキ。この予想が外れし時は無条件で其方(そなた)への力添えを(いと)わぬ。其方(そなた)の財は其方(そなた)の物であるのは錯覚ぞえ。既に【ライオネル王国】の上層部が動いておるであろう。全て没収されようぞ」


 それは隆之自身が一番訪れて欲しくない未来予想図だった。

 自分の財を奪った者達の為に、窮地に立たされ、縛られたままで泳ぐ。

 隆之には本当は戦えば負けない自身はあったのだ。

 されど、人間と言う不安分子が自身を敗北へと誘う存在だと言う事も十分に理解していた。

 よって、ベアトリスの言葉は隆之に取って非常に意地悪なものだと言えた。

 娘は身体を売ると宣言した。

 隆之も似たような立場だ。

 狐に追い込まれた兎のように餌で満たされた巣穴に篭る支度をしても、それはきっと人間に奪われるだけに終わるのだろう。

 隆之の敵は魔人だけではない。

 その事実が隆之を人間不信に(おちい)らせてしまう未来を防ぐ必要があった。

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