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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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至高の地位に立つエリーナ

 逃げ出した少女を巡って魔人達が動き出した。

 飼い主が居なくなった野良人間は労働力であり、非常食である。

 そんな一時的に自由となった娘を野放しにする程にこの地の魔人達に余裕があるとは言えない。

 しかし、魔人達は忘れていた。

 隆之が放った言葉の意味を。


──俺が殺す──


 娘を追い掛け始めた魔人達に向けて、隆之は右手に魔力を込めた刃を解き放つ。

 その威力は凄まじく、不可視の刃によって、娘を追い掛け始めた魔人達が細切れと化していく。

 血が飛び散る事はなく、断面の鋭利な切り口がそのままに魔人達はバラバラに解体された。

 そして、切り刻まれた魔人達は光の粒子にゆっくりと化して消えていく。

 隆之とエリーナの周りには酷使された襤褸(ぼろ)(まと)った人間だけが残された。

 隆之は一瞬の溜飲が下がるだけで何の解決にもならず、意味もない行動に虚しさを覚え、含み笑いを浮かべた。

 隆之は残された人間達を救ったのではなく、自分の言葉を理解しなかった魔人達に立場を教えてやっただけに過ぎない。

 弱肉強食のこの【世界】に()いては力ある者はどのように振舞っても許され、責任を取る必要もない。

 その現実を隆之はエリーナに知って貰いたかった。

 数年前に奪われ、長い時を【魔力障壁】の中で過ごした愛おしい妻は世間を知らずに生きている。

 籠の中の鳥であり、保護する隆之を失えば、周囲の人間達と同様に途方に暮れる。


「……あなた、この人達はこれからどうなるのでしょうか?」


 このエリーナの言葉が現実を直視していない証明と言えた。

 隆之には愛おしい存在で、掛け替えの無い存在であるエリーナではあったが、周囲に残された人間達には「何故(なにゆえ)にこの娘だけが特別に保護されている」と怨嗟(えんさ)を向けるに値する存在と言えた。

 特に容姿に自信のある女性程、その傾向が強くなっていく。

 エリーナよりも容姿に自信がある女性達は隆之の隣に立つ純白のドレスに身を包み、魔人達を一瞬で滅ぼす規格外の隆之の隣にエリーナが居る事に我慢がならない。

 しかも、自分達がこれからどうなるかなどを案じてくれてる余裕も見せつけているかのようだ。

 そんなエリーナは女性達には憎くて、憎くて仕方がない存在と言えた。

 このエリーナの言葉次第で自分達の処遇が決まる。

 魔人を一瞬で葬った隆之には自分達を救うつもりは無い事だけは理解出来る。

 ならば、自分達の処遇を決める可能性を持つのはこのエリーナと言う小娘だと悟った一人の婢女(はしため)が、


「お願いします! 私達を助けて下さい! この呪われた地から救出して下さい! 後生ですから……私達にも人間として扱って貰える機会を下さいませ!」


 と隆之とエリーナに懇願してきた。

 その言葉を隆之ではなく、エリーナに向けて発した女性に隆之は頭の下がる思いがした。

 此処(ここ)でエリーナが「彼女達を【ヨルセン】に向かい入れたい」と隆之に懇願すれば、彼女達には人間らしい幸せな楽園での生活が保証される。

 だから、隆之はその言葉を鼻で笑った。


「貴女達は既に人間らしい生活を手に入れているではありませんか? 【ルーディア】で殺される事もなく、生かして貰えるだけで人間には過ぎた待遇なのは貴女達も理解しているでしょうに。貴女達に言っておきますが、俺には貴女達の生活を保証する義理も責任も無いんですよ。だから、新しい御主人様になる魔人に捕まる前に逃げて下さい」


 エリーナの言葉に答えず、懇願して来た女性を絶望に叩き落とす。

 そのあまりにも無情な対応にエリーナも女性達も絶句した。


「逃げてどうしろって言うのですか! 食料も無い! お金も無い! 身体を売る相手すら居ない! その身体を売れば、助けてくれそうな貴方が今居る! そのか細い糸に(すが)るのがそんなに悪いのですか! 私達とその人の違いは何なのですか!」


 絶句した後、女性はエリーナに矛先を向ける。

 その表情は憎しみで人が殺せそうな程に爛々(らんらん)と見開かれていた。

 その剣幕にエリーナは両腕で自分の身体を覆い、隆之の後ろに隠れた。


「俺の妻と赤の他人。比較の対象にするのすら馬鹿らしいとは思われませんか? ある意味で彼女は世界の頂点に居る存在なのですよ。私に言う事を聞かせられる唯一無二の存在なのですからね」


 隆之が笑いながら言うと、エリーナがその頬を叩いた。

 その表情は涙に溢れ、口惜しさに満ち満ちていた。


「あなた、この人達を【ヨルセン】に連れて行ってあげて下さい。あなたはこんな人じゃなかった。目の前で困っている人が居たら助けて下さるタカユキは何処(どこ)に行ったのですか!」


 隆之はエリーナに叩かれた事を誇りに思う。

 自分は変わったが、エリーナは変わらずに誰にでも優しく、自分を憎しみに満ちた目で見つめる女性にも救いの手を差し伸ばす。

 それが甘さなのだと隆之は自覚していたが、エリーナには隆之を狂わせる妖婦の才があると確信しつつあった。


「……エリーナ、【ヨルセン】に連れて行ってもこの人達が全員暮らせるだけの土地も食料も無いよ。それをきちんと考えたのかい?」


「私は……馬鹿だから……学も何もないから……この人達を救う手段はあなたを頼るしかないんです! あなたは彼女達を救う手段を持っているのですか? 持っていないのですか?」


 エリーナの大きな声に苦笑した隆之は「ある」と答えた。

 その言葉に女性達だけでなく、魔人に酷使されていた男達も華やいだ表情を浮かべる。


「【傲慢クラリス】の二つ名は彼女には相応しくない。俺にこそ【傲慢】を冠するに値する【()()()()】だ。今から貴方達を【ジゼル】の街(まで)【転移】させます。このお金で当面は(しの)げるでしょう。後の事は自己責任です。生きていく道を必ず見つけて下さい」


 隆之は懐から大量の金貨が入った金を助けを求めてきた女性に手渡し、その耳元でそっと囁いた。


「誰もこのお金を皆で平等に分けろなんて一言も言ってませんから」


 隆之は手渡した同時に奴隷とされていた人間達を【転移】で【ジゼル】へと送った。

 エリーナを泣かせない、悲しませないと誓った自分だったが、これからの事を考えれば、エリーナには泣いて貰う事になるだろう。

 それでより多くの人が救えるならば、エリーナにも少しは我慢して貰うしかないと隆之は考えていた。

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