最強の魔王の素質を持つ者
馬車で自宅へ着いた隆之夫妻は【暴虐ベアトリス】の治める【ルーディア】へ向かう為の準備に取り掛かる事にした。
何分にも足早で、一日の流れが普段とは違う事に隆之は少し戸惑いを覚えるも、【ヨルセン】に届けられた無念の表情を浮かべた処刑された奴隷達の事を思うと、事を進める為の時間が少ない事は理解出来る。
【カタール商会】から仕入れた服装を基準として、魔法によりベアトリスに会う為の衣装を仕立て上げた隆之はその出来栄えに満足感を覚えた。
エリーナには王族が用いるような白を基調とした豪奢なドレスを整え、自らも紫を基調とした衣装を準備した隆之は用意した服装に着替えるようにとエリーナに告げた。
「こ、これを……私が着るのですか?」
今まで縁がなかった衣装にエリーナ自身は困惑するも、エリーナの存在を魔人達に認めさせる為にも彼女には豪奢な服装とアクセサリーに身を包んで貰う必要があった。
エリーナが粗末に扱われる事は断じて許される事ではない。
「俺もこんな衣装の袖に腕を通すのは初めての経験だよ。でも、我慢してくれ。【暴虐ベアトリス】に失礼はあってはならない。彼女は人間に対しては正に暴虐の名を冠するに相応しい魔人だ。俺については良い感情を持ってはくれているだろうけれども、エリーナに対しては多分、良い感情を持ってはくれないと思う」
隆之のその言葉に身を膠着させるエリーナだったが、隆之は準備が整えるのを確認すると、【転移】を発動させて【ルーディア】へと向かう為に魔力を解放し始める。
目的地は【暴虐ベアトリス】の居城【アスディアナ】宮殿だった。
隆之は魔力解放を行い、他を圧倒する波動を周囲に撒き散らしている。
その風圧とも威圧とも感じられる魔力の衝動にエリーナが目を瞑ってしまうも、隆之は【ルーディア】での人間の扱いを彼女に見せるのは躊躇われた為、好都合と判断した。
愛おしい妻に極寒の地で薄着の人間達が鞭打たれ、首輪を鎖で引かれた姿を見せたくはなかった。
しかし、エリーナは隆之の魔力行使に驚き、少しの間だけ目を瞑っているに過ぎない。
ならば、隆之の思いは天に通じる事はない。
この一陣の風となり得る風は隆之が魔力解放を続ける限り続く。
草木が揺れ、落葉が舞う。
されど、隆之は事前に周囲に【魔力結界】を張り、その範囲を徐々に狭めていく。
隆之は魔人達全体と比較しても、最上と評価しても良い位置に君臨する魔力隠蔽能力の持主だ。
隆之も含め、力ある魔人達は魔力を行使した魔人のある程度の力量を推測する事が可能だ。
よって、隆之は自身が魔力行使した時に周囲に【魔力結界】を張り、その力の行使を秘匿する考えを閃いていた。
魔力行使は極力明かされない方が何かと都合も良く、【怠惰シンクレア】や【傲慢クラリス】も隆之が何時魔力を行使したかまでは把握する事は出来ない。
当然の心構えではあったが、此方の動きは逐一洩れていると考えて隆之は行動している。
間諜が【ヨルセン】の村に潜り込んでいないと考える程に頭がお花畑に出来ていない。
力のある魔人が存在するように無力の魔人も存在する。
人間の精を糧に生きる力なき魔人が存在する事も隆之は既に知っている。
【怠惰シンクレア】の元で屈辱に塗れた数年間に隆之は魔人についての知識を蓄えていた。
仮に【ヨルセン】に美女が移り住んで来た場合は疑って掛かる必要もある。
弱さも時にとんでもない力を発揮する事を認識しているといないではこれからの戦いの結果を大きく左右する事になりかねない。
【魔力結界】が隆之夫妻だけを覆った時、爵位一位のみが発動出来る【転移】が始まる。
その無尽蔵の魔力を顕在出来る存在である隆之に敵は居ない。
本当は彼こそが最強なのだ。
隆之が本気になれば、どの魔人も膝を屈し、その力の前に地べたを這いずり回る。
隆之が思い浮かべているのは【転移】先の【ルーディア】で待ち構えているであろう【暴虐ベアトリス】の立ち振る舞いだった。
果たして、彼女は以前のように隆之に尊大な態度で臨んでくれるであろうか?
それとも、バゼットのように臣下の礼を取るのであろうか?
その答えを教えてくれる褐色の肌に銀髪を肩に揃えた、琥珀色の瞳を持つ傾国の美女であるベアトリスが後者の行動を取った場合、隆之はベアトリスを見限ると決めていた。
【怠惰シンクレア】が絶世の美女で残忍酷薄であって欲しいように【暴虐ベアトリス】には尊大な女王の姿を見せて欲しかった。
傲慢極まりない考えであったが、ベアトリスがこれから隆之の横に並び立つ存在である事を叶えるには隆之の望む姿で臨むべきであった。
これは隆之が自覚がないだけで、魔人達を統べる存在である事を示していると言えた。
──誰かにこうあって欲しい──
そうではなく、他者に合わせて寄り添おうと考えるのではなく、他者を自分に合わせようと言う考えは愛情ではなく、支配者の考えに近いと言えた。
隆之が寄り添って生きようとするエリーナは眩い光に包まれていく感覚に戸惑っている。
その姿を見て、隆之は自分はやはり彼女しか愛する事が出来ない男としては歪な存在であるのだろうと考えていた。




