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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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帰り道

【ジゼル】の街から帰り道、温かな陽射しと長閑(のどか)な風景が隆之夫妻の乗った馬車を迎えてくれていた。

 そのような自然と笑顔が浮かんで不思議ではない光景ではあったが、隆之夫妻は特に会話らしい会話もなく自宅への帰路を馬車で進む。

 無言に耐えかねたエリーナが隆之に話し掛ける。


「……あなた、どうして人間の敵と仰ったのですか? 私は人間の敵に嫁いだのでしょうか?」


 エリーナの言葉が隆之の心を深く傷付ける。

 隆之は暫し無言だったが、(いず)れ意を決したように話し始めた。


「……エリーナにそう言われると正直に言って、応えるよ。そうだね。以前にも言ったけど、俺は【】の運命からは決して逃れられないと思っている。【】の人間の認識は人間の敵だろう? それを知りつつ、【ヨルセン】の(みんな)は受け入れてくれた。俺が今までの【】とは一線を画す存在である事を知る者は少ない。この【世界】の人間の多くが魔人に無限の魔力を与える存在であると人間が信じる以上、俺の言葉に耳を傾ける人間は非常に少数だ。エリーナ、君は俺を人間として見てくれている。だが、立場が違えば、俺は人間の敵であるとしか見てくれないよ。それが現実さ」


 隆之の吐露する言葉にエリーナは心を沈めた。

 言われてみれば、隆之の言葉通りなのであろう。

 隆之自身を見てくれる存在はこの世界に数える程にしか存在しない。

 その事をとても悲しい事実だと思うも、自分にはどうする事も出来ない。


「……あなた、本当に人間の敵になるおつもりなのですか?」


 エリーナが口にした言葉に隆之は「それはない」と答えた。

 理由は人間の敵になる必要性がないからだ。

 隆之が今生の魔王として生きる必要性がないように、望む事は【ヨルセン】の村の人々と、最愛の妻であるエリーナと、(いず)れは生まれてくる子供の為に父親になる事を隆之自身は望んでいる。

 その望みを叶えるには【】の呪いは凄まじく、平穏無事に過ごす事の難易度を跳ね上げるものだった。


(俺が今生の魔王と言うならば、全ての魔人達に自害を命じる事が出来るのだろうか? そうなれば、話は早いのに。でも、それはきっと無理なんだろう。俺が強大であるが(ゆえ)に魔人達は俺の寵愛を求める。俺がこの【世界】に存在する事が更なる歪みを生じさせている。多くの人々が苦しみに(あえ)いでいるのに、俺は自らの幸せのみを追求している。俺は力を求めた。だが、その力には代償と責任が課せられるものだった。あれだけ弱い自分がゆるせなかったのに、今度は強い自分が許せなくつつある)


 隆之は道中で馬車を止め、両手で顔を(おお)った。

 自分のすべき事が何なのか? 自分が出来る事が何なのか?

 少なくとも、【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】だけは許せない。

【明星のスルド】はその存在自体すら感知出来ない。

 

「エリーナ、俺が俺である、人間として生きる為には君の存在が不可欠だ。それが君の重しになる事も承知している。だけど、それを二人で乗り越えなきゃ、何も前に進めない」


 隆之の言葉にエリーナは荷台から降りて、隆之の隣に座る事にした。

 突然の事に隆之は少し驚いたが、それが彼女なりの答えであると重々承知した。


「未来の事は誰にも分かりません。ですが、今日を頑張って生きていれば、明日はきっとより良い日が待っていると思います。……私はそう考える事しか生きる希望を持てませんでした、あなたと出会うその時までは。何度も死のうと考えました。当時の私にはどうやっても奴隷として売られる未来しか与えられなかった。でも、今はあなたが居てくれる。だから、本当の意味で今日を生きようと考えられます。そんな人を一人でも増やせたら良いのではありませんか? 私のような境遇にある者に希望を与えてくれるあなたは【】ではなく、どんな【勇者】や【英雄】よりも大きな存在になってくれると信じてます。ですから、顔上げて前を見つめて下さい」


 エリーナの言葉に隆之はゆっくりと顔を上げる。

 そこに広がる景色は先程までは味気ない何のたわいもない風景だったが、隆之はその景色を守りたいと感じるようになった。


「ありがとう、エリーナ。少しだけ元気が出たよ。でも、ほんの少しだけだ。きっと、エリーナの言葉が心の奥底(まで)響かないのは俺がまだまだ弱いからだろうね」


「それで良いんですよ。この世界に生きる人間はそんな絶望と希望の狭間に揺れている笹船のようなものです。さあ、衣装を買った事ですし、私に素敵な服を仕立て上げて下さい。きっと、私には縁がないような豪奢な服を着て、魔人の支配する北へ向かうのでしょう。私の知らないあなたを見せて下さい。私はどんなあなたでも受け入れる覚悟は出来てますから」


 隆之は手綱を引いて、馬車を動かし始める。

 数年の間にエリーナが知らない自分を見てもらう事にしようと隆之は思った。

 長い眠りに就いていたエリーナが知らない自分自身を(さら)け出して、今一度エリーナが認めてくれる夫になろうと決めた。

 馬車はゆっくりと進み出し、二人は寄り添いながら家路へと向かう道中で話す言葉に色を咲かせる事とした。

 その日は長い冬が終わり、(ようや)く春の訪れを感じさせる和やかな一日であった。

【ルーディア】は【暴虐ベアトリス】の支配する人間にとっての地獄絵図だが、隆之夫妻はそれを現実と受け止めるだけの心の余裕を少しだけ手にすることが出来たと言える。

【ルーディア】には隆之がエリーナに見せたくない光景しかないが、エリーナは隆之が思っていた以上に強い人間なのかもしれない。

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