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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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商会の長

 隆之との商談を終え、商会一同で隆之夫妻の馬車の見送りを終わらせた後にカタールは自らの執務室に戻り、仕事に取り掛かり始めた。

 隆之が【怠惰シンクレア】の元で多大な苦労をした事は理解していたつもりだったが、先程の自らを【()()()()】と名乗り、人間の敵だと断言した男に人間の未来を託すのは非常に危険だとカタールは考える。

 隆之は「どの様な魔人よりも強い」とレティシアから報告を受けていたが、その本人にその自覚は全くと言って良い程に存在しないのが問題だと言えた。

 隆之がその気になりさえすれば、個人として高位の魔人達を(たお)す事が(あた)うであろうに、彼は慎重と言うよりは臆病と言える程に自分の周囲に危害が及ばないように事を運ぼうとしている。

 持久戦に持ち込み、この【ライオネル王国】が灰塵(かいじん)と化したとしても、隆之自身にその責務はない。

 されど、男であるならば、今少しの覇気や勇気を示して欲しいと願うのがカタールの本音だった。

 余程に魔人領で受けた屈辱が隆之本人の知らぬままに現在の行動に繋がっているのであろう。

 隆之の心に刻み込まれた魔人への恐怖は尋常なものではないとカタールは判断した。

 番頭であるスティルから提出された穀物の取引はオーリン金貨で五千枚を超える程に膨れ上がっていた。

 この穀物の高騰に絡んでいるのは隆之だけではない。

【怠惰シンクレア】もこの【ライオネル王国】の穀物を裏の世界の商人を通じて行っている。

 民は既に飢餓の恐怖に(さら)されており、この【ジゼルの街】にも貧民が多数溢れている。

 それを補う為に王国は年貢の増税を課しており、ある程度の田畑を持つ農民達でさえも自分達の食い扶持すら賄えない状況が生まれつつある。

【ヨルセン】の村人達は増税された事に気付いているのであろうか?

 隆之は【ヨルセン】に戻り次第、村に掛けられた税を数年分(まで)金貨で納めた。

 カタールにとって、隆之は頭の回転が早いのか、遅いのか良く分からない人間であったが、少なくとも馬鹿ではなく、将来的に価値が上がるであろう物資を増やす手管(てくだ)に長けていた。

 カタールは隆之に商人としての才能は無いと断じたが、投機を行う人物としては中々に侮れない。

 手を組んだ自分は幸運だったと断じても良いだろう。

 今回の取引で【ヨルセン】の住人達が二百年をゆうに超える物資が整う。

 古米を隆之に売れば、隆之は二日の内に新米を用意して来る。

 その利益は数十倍にもなり、錬金術を見せられたカタールは驚嘆と共に恐怖を感じた。

 隆之は必ず人間の脅威になるとカタールは断じている。

 この王国だけでなく、世界を巻き込んだ流通の帝王になるであろう。

 人間に必要な物資を一人の人間、否、【()()()()】と名乗る魔人に近き存在が握り支配する事は魔人以上の脅威をカタールに覚えさせるには十分なものだった。

 カタールは深い溜息を吐き、商会の行く末を考えた時、隆之との関係は絶対に切れない物だと判断した。

 隆之と手切をした瞬間に隆之はカタールの敵に回る。

 隆之は敵には容赦と言う言葉を忘れたと言うべき存在だ。

 それは魔人の手によって刻み込まれた隆之の心の底にある恐怖から来るものだ。

 少なくとも、隆之の話を統括すれば、【ジゼル】の一定以上の資産を持つ者は今まで通りに健康で健やかな生活が保証されるであろう。

 隆之は貧しき者が貧しい事を憎む矛盾した存在だ。

 よって、【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】との戦に勝利した暁には彼等にも救いの手が差し伸べられるであろう。

 その事実を予測出来るからこそ、カタールは隆之の策に乗る事を決めた。

 問題はその時までに隆之の心と飢えた貧民が待てるかどうかだ。

 恐らくは溜め込んだ穀物を解放するであろう。

 それは計画が破綻する事になるが、姪が選んだ伴侶がそれに耐え切れるだけの忍耐を持ち合わせていない事はカタールには十分に予測出来た。

 よって、カタールはその蓄えられる物資が解放されて持続する時間をざっくりと計算する。

 その答えは三日だった。

【ジゼル】の街の住人すら救う為に必要な物資は隆之が必死に心を鬼にして蓄えた物で(あがな)える時間はたったの三日だ。

 そこ(まで)隆之は考えてはいないであろうが、それが隆之が買った時間になるであろう事はカタールには予想出来る。

 やはり、魔人の脅威を本気で振り払うには戦うのが一番なのだ。

 その全責任を隆之自身が背負うのはお門違いではあったが、それを可能とするのが最強の人間である隆之である以上は仕方がない。

()()()()】とは人間だ。

 人間の敵では断じてない。

 人間の手により魔人の脅威が除かれ、誰もが当たり前に生活出来る未来が待っている事をカタールは信じる事にした。

 書類に決済印を押し、溜息を吐く。

 一息入れようと白湯を用意させる事に決めた。

 この国屈指の豪商であるカタールさえもが茶は嗜める事が叶わない。

 だが、それで良いとカタールは考えている。

 これは未来への投資だ。

 時が来れば、きっと誰もが茶を口にする事が叶う(はず)なのだから。

 用意された白湯を(すす)り、仕事に精を出す。

 隆之には隆之なりの考えがあるだろう。

 ならば、自分は自分のより良き未来を夢見て行動に移せば良い。

 そうカタールは考え、喉の渇きを潤した。

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