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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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偽王として

 斬首された隆之の奴隷達を弔う為に村の外れに石碑が建立される事になった。

 石材は【ヨルセン】で調達され、石碑には特に刻まれる(めい)はない。

 魔人の犠牲になる人間は数多く居るものだ。

 今までも、そして、これからも。

 不幸にもその残虐な光景を目にしてしまった者達──特に女と子供にはそれらの家族達が面倒を見る事と相成った。

 今回見た光景は固く口止めされ、出来るだけ早く忘れ去る事が幸いであろう。

 隆之も何があったのかをエリーナには伝えず、その夜は何事もなかったかのように振る舞うように努めた。

 そして、夜が明ける前に寝室で隆之は【転移】を発動させると、ある人物の前に降りたった。

 その人物とは【欺瞞イリス】に仕えるバゼットであった。

 バゼットが休んでいた場所は【ジゼル】の街にある高級宿屋の最高値の部屋ではあったが、何の前触れもなく現れた隆之の姿を見た彼女は使命を果たせなくて落ち込んでいた自分が瞬時に高揚する感情に支配される不思議な感覚を味わっていた。

 そして、薄絹一枚で眠りに就いていた自らの姿を酷く恥じると共に、隆之が自らを女として見て欲しいと無性に思った。

 今生の魔王が用いるにはあまりに粗末な寝衣(ねまき)に身を包んだ隆之を見たバゼットはそのあまりの見窄(みすぼ)らしさに涙が溢れそうになるも、慌てて寝台から降りて臣下の跪礼(きれい)を取る。

 そんな様子を見て、隆之は数日前迄に抱いていた感情が変化しつつある事を自覚していた。

 隆之に魔人達の陛下になるつもりはなかったが、抗う時が来るのがあまりにも早過ぎた為、バゼットを利用する選択を選んだが為、バゼットに欺瞞を演じ、命じる事とした。


「バゼット、勅命を以って命じる。逆賊であるシンクレアとクラリスを討伐する為に力を貸せ。其方(そなた)が俺を陛下として扱いたいならば、それに見合う対価を支払え。数日前とは状況が変わった。【欺瞞イリス】にもそう伝えよ」


 その言葉を耳にしたバゼットは身体の奥から隆之を迎え入れる音が聞こえていた。

 威厳に溢れたこの隆之に自らの寝所で出会えた暁光に感謝の念を禁じ得ない。

 バゼットは盲目の自分が流されていたところを、隆之から救いの言葉を賜ったと酷い勘違いすら起こしてしまった。


「はっ! 陛下の勅命、謹んで……は、拝命致し……まする」


 隆之の尊顔を決して見ないように努めていたバゼットの頸は赤く染まり、小刻みに震えながら跪礼(きれい)を続けていた。

 バゼットの心の奥にこの勅命を果たせば、隆之と(ねや)を共に出来るかもしれないと夢想が()()なく溢れて来る。

 そんな有様では隆之がバゼットに抱いている感情等読み取る事は叶わない上に躍らされる羽目を見る。


「許す! 顔を上げよ」


 隆之の尊大な言葉に王としての確かな威厳を感じたバゼットはそれが自らの勘違いであった事を知るのであった。

 隆之の顔を見たバゼットは凍りついた。

 隆之は笑っていた。それも決して上品な部類でなく、下卑たと表現するのが相応しいと言えた。


「前にも言いましたね。俺はお前達の陛下になるつもりは無いし、お前達の居城の【グラナード】に向かうつもりは毛頭無い。それでも貴方は俺に忠義を尽くそうとする。それは何故だ? 否、(おおよ)その検討はついているんですよ。貴方は魔人の本能に従って自らが認めた王の寵愛を受けたい。違いますか?」


 隆之の言葉にバゼットは絶句した。

 少し冷静に考えれば、あまりにも可笑しくも滑稽な話だった。

 突然の来訪に、突如として威厳の満ち溢れた口調、自分の望む王としての理想を隆之が少し演じただけに過ぎないとバゼットが悟った時、バゼットの心に虚無感が膨れ上がった。


「……ええ。それでも構いません。臣は……いえ、私はと言い直す無礼をお許し頂きたく存じます。本音を申しましょう。貴方様が平穏な生活を望んでいる事は先日のやり取りで良く承知しております。されど、貴方様が仰る通りです。王と自らが認めた存在には我々は盲目にその命令に従うしかないのです。先程、逆賊シンクレアとクラリスを討伐せよと貴方様は仰った。されど、それは時間が解決するのも事実なのです。今は抗っていても、(いず)れその本能のままに【怠惰シンクレア】も【傲慢クラリス】もその肢体を貴方様の前に晒す事を無上の喜びと感じるでしょう。その時まで待てませんか?」


 バゼットの言葉に隆之は激高(げっこう)した。自分の決して汚されたくない場所である【ヨルセン】にあのような物を送り付けていておきながら、【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】の二人は時の経過と共に目前のバゼットのように跪く存在に成り下がると言う。

 隆之にはそれだけは許せなかった。

【怠惰シンクレア】には誰よりも誇り高く、誰よりも美しく、誰よりも残忍にして酷薄である事を隆之自身が望んでいたからだ。

 しかし、隆之は怒りの中でも少しだけ冷静に考えを巡らす。


(時間経過が此方(こちら)の不利になるばかりではないか。ならば、援軍無き籠城も選択肢の一つに入るか。我慢比べをして不利なのが【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】ならば、【ヨルセン】と【ジゼル】の防衛に専念する事が出来る。思った以上に悪く無いかもしれない)


 隆之が考えを巡らせていると、薄絹越し見事な肢体を覗かせるバゼット少し息を荒げながら隆之に、


「貴方様への忠誠の証として、その御足(おみあし)に口づけをしても宜しいでしょうか?」


 バゼットの提案から忠義の証と言うよりも、欲望の匂いを感じた隆之は、


「駄目だ。俺の爪先から髪の先に至るまで、全てエリーナの物だ。他の何人にも触れさせん。どうしてもと言うならば、俺ではなく、エリーナから許可を貰え。いや、一人だけ俺が許可を出す者が居るな。だが、そんな事は貴方には関係のない事だ」


 と、冷たく言い放った。

 バゼットはエリーナに憎悪を抱くも、自らが認めた王である隆之の最愛の人である事実だけは認めるとした。

 時はある。隆之は未だ子を授ける時間を持っている。

 (いず)れ忠義を尽くせば、(ねや)に呼ばれる日が来るであろう。

 今は若く美しくも、エリーナは人間だ。老いて醜くなった時がバゼットに機会が訪れるであろうと彼女は固く信じる事に決めた。

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