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魔王の美酒  作者: 白起
今生の魔王と王妃達
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届けられた土産 【残酷な描写あり】

「おい! 俺だ! 大変なんだ! 今すぐ此処(ここ)を開けてくれ!」


 お茶を飲み終えた隆之夫妻の家の扉を激しく叩く音がした。

 余程に焦っているのか、息を切らしながら叫んでいるのはエリックだった。

 そう隆之は断定した。

 断定していなければ、その扉を開ける事は決してない。

 悪夢の再現は絶対に避けなければならない事象だったからだ。


「エリックさんだね。何か大変な事が起きたみたいだ。俺が何が起きたか聞いて、様子を見に行って来る。エリーナは家で待っていてくれるかい?」


 エリックのただならぬ気配から察した隆之はエリーナにそう告げると、


「でも……」


 エリーナは心配そうに隆之を見つめた。


「エリーナは此処に居て欲しい。きっと、見ても楽しい事なんて一つもないよ」


 隆之の少し強い剣幕に押され、エリーナは家で待っている事を了承した。

 隆之は扉を開くも、エリックを中に招き入れる事はしなかった。


「……あふぉ、ごほお、それで正解だ……エリーナには見せない、知らせない方が良い」


 息も絶え絶えのエリックは此処まで全力で走って来たのだろう。全身汗まみれで服が濡れ、額からはまだ汗の雫が垂れている。


「エリックさん……何があったんですか?」


 隆之が問うと、


「【スフィーリア】からお前宛に届け物を乗せられた馬車が到着した。畜生……あいつ等ひでぇ事をしやがる」


 憤怒に顔赤らめながらエリックが答えた。

 右拳を握りしめ、必死に怒りを抑えようとしている姿が隆之には見て取れた。


「死体ですか? 首だけですか?」


 隆之が告げた言葉は酷く冷め切っていた。まるでこの事態を予測していたかのように冷静で落ち着いていた。


「おまっ……村中が大騒ぎになっているのに! どうしてそんなに落ち着いていられるんだ!」


 隆之の態度に業を煮やしたエリックが隆之の胸元を掴み上げる。

 エリックが隆之の目を見た時、隆之の瞳に宿る怒りを見たエリックは手を放して謝罪した。


「済まない。突然の事で混乱しちまったようだ」


「エリックさん……相手は爵位持ちの魔人です。それくらいはやりかねません。皮肉な物ですよね。あちらからの荷物は簡単に此方(こちら)に届けられるのですから」


 隆之の皮肉を皮切りにエリックと隆之の二人は届けられた物を確認しに行った。

 道中は無言であったが、エリックと隆之の二人に共通する物は怒りだった。

 届けられた馬車の荷台には無数の蠅が飛び交い、不快な羽音を周囲にまき散らしている。

 元は白かったであろう固定具は赤茶色に変色し、集まった男たちが至る所で嘔吐を繰り返していた。

 隙間から除く蛆が溢れた眼球の無い頭部はだらしなく舌を垂らし、血と涎が混じった腐敗した液体を口から流している。

 どの頭部も無念の表情に歪み、性別の判断は髪の長さでしか測れない。

 隆之は地獄絵図さながらのこの光景の中で、一人だけ落ち着いて村の人々に語り出した。


「皆さん、聞いて下さい。これが魔人のやり方です。言っておきますが、これは単なる憂さ晴らしです。糞共が本気になる前に準備を整える必要があります」


 隆之の言葉に集まった男達が顔を挙げる。

 積み込まれた腐敗した生首に見知った顔もあった。

 荷台に積載された生首は彼が【スフィーリア】で買い漁っていた奴隷達と隆之は判断した。

 結局のところ、隆之は魔人の手にある内はたった一人を除いて誰も救えなかった証拠と言える。

 その事実に歯噛みをしながらも、隆之は二人の魔人達がこの【ライオネル王国】に攻めて来るであろう事、その実力は残念ながらその一人を抑えられるかさえ疑問である事、この国はこの荷台に積まれた生首のような運命を辿るであろう事を村人達に告げた。

 驚天動地の事実に村人達が混乱するが、隆之は右手を差し出して策を話し始める。

 物資を最低でも二百年でも持つ程には用意する事。

 魔人達の目的が自分である以上、自分には必要以上に手を出す可能性は少ないであろう事。

 相手に持久戦に持ち込ませると思い込ませ、他の魔人達の力を借りる事。

【欺瞞イリス】が力を貸す可能性は五分五分と見て良いし、【暴虐ベアトリス】は此方(こちら)に付く可能性は高い。

 それらを【怠惰シンクレア】と【傲慢クラリス】にぶつけ合い、少なくとも西方の魔人の脅威を減らす事で人間の安寧を(もたら)すと言う物。

【聖女アナスタシア】は【同族殺し】の異名を取る為、条件次第では味方となってくれる可能性がある。

 この王国が屍山血河(しざんけつが)と化しても、【ヨルセン】を守る為にはそれしかないであろう事を淡々と告げる隆之は最早人間よりは魔人の思考に近い存在と言えた。

 実際のところ、隆之は【ヨルセン】と【ジゼル】以外の都市や村落を守るつもりは微塵(みじん)もなく、準備が整い次第、周囲を魔力結界で覆うつもりだった。

 勝ち目が薄い状況下で自分達だけでも助かる道を選ぶ事を隆之は提案した。

 村長のバルパスを始め、多くの者が納得は出来なくとも仕方ないと諦めの声を挙げて荷台に積まれた隆之に仕えていた奴隷達を弔う支度始める中、小さき勇者ヴァンだけが隆之を信じられない者を見たと言う様子で見つめている。

 そのヴァンに隆之はゆっくりと近づき、金色と化した瞳で優しい声色で告げた。

 それはとても穏やかならぬ内容だったが、ヴァンは安心したとばかりに村の男達に合流した。


──殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる──


 隆之が荷台に積まれた生首を一瞥すると、荷台に積載された生首は細かな粒子となって消えて行った。

 その奇跡のさながらの光景にそれは【】と呼ばれた隆之と言う男が歴代の魔王と呼ばれた存在に引けを取らない存在である事を明示していると言えた。


(仇を討とうとは思わない。だが、最強の人間の力が魔人と渡り合えるかどうかはやってみなければ分からない。味方は居る。でも、俺が必要とするのは魔人と渡り合える仲間だ。カードが揃わなければ勝負を打つには未だ足りない。俺は俺が出来る限りの事をする。この国の貴族にも話が分かる奴が居れば尚更の事良い)


 勝負は始まらない。勝負ではない。勝利が必須条件の隆之はあらゆる物を利用し、二人の魔人に引導を渡す決意を固めた。

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