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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
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魔王の美酒

 隆之とエリーナの帰郷から一ヶ月が過ぎ、天候に恵まれた【ヨルセンの村】では今日も皆がこぞって畑仕事に精を出している。

 彼らも食事を終え、これから畑仕事をする為の野良着に着替えようとした時に扉を叩く音が聞こえた。

 エリーナの表情が強張るも、隆之は彼女を安心させる為に答える。


「大丈夫……エリーナ……何も問題ないよ……あいつ等じゃあないから……」


 隆之はエリーナを安心させると、扉を開く。しかし、彼に油断は無い。その膨大な魔力を顕在して見知らぬ相手に備えていた。

 隆之達の家の前に居たのは甲冑を身に着けた一人の女性だった。彼女は顔を下げ、隆之に跪いている。

 黒い髪を後ろで纏め、白い項が際立っている。女性は顔を上げること無く、話し始めた。


「畏れ多くも今生の陛下の宸襟(しんきん)を騒がせ奉ることをお許し下さい。我が名は【爵五位夏妃バゼット】と申し上げます。此度(こたび)は我が主君である【爵二位淑妃イリス】の口上を陛下に御伝えするようにとの命を受けて御前に参上した次第。無骨者故(ぶこつものゆえ)、陛下に対する無礼を働くこと多かれば、死を(たまわ)ることも辞さぬ覚悟……」


 長々と続くバゼットの口上に隆之は辟易する。後ろを振り返れば、妻のエリーナも可愛く首を傾げている。


(要するに、【欺瞞イリス】の命令を受けた彼女はイリスの意思を俺に伝える為に此処(ここ)にきた訳か……でも、こんな言葉遣いされても気持ち悪いだけなんだけど……陛下って俺のことなんだろうけど、何で俺が魔人の陛下になってるんだ?)


「取敢えず、命令するけど、その口調を止めて下さい。俺はあんたらの陛下になった覚えはないし、これからもなるつもりも無いから」


「なっ……」


 バゼットは隆之の言葉に思わず絶句し、顔を上げる。彼女は少し釣りあがった茶色い瞳に彫りは浅いがやはり魔人の例に漏れず、整った顔立ちをしていた。今まで隆之が会った魔人の中では一番彼の生まれ故郷に多く居た顔立ちなのかもしれない。

 動転して、慌てて顔を下げる彼女に続けて顔を上げて立ち上がるようにと告げる。バゼットは畏まりながらもその命令に従った。

 隆之はバゼットを部屋に招き入れ、対面の椅子に座らせることにする。王と席を同じくすることは出来ないと彼女は断ったが、話が進まないので隆之が命じると彼女は無礼を詫びながらも大人しく彼の言葉に従いながらも口を開いた。


「我が主である【爵二位淑妃イリス】は貴方様の意思を確認して来るように私に命じました。貴方様が我等を統べる王として君臨されるおつもりならば、我が【グラナード】にお迎えするようにと……貴方様に相応しき宮殿を用意し、贅を尽くした持て成しをさせて頂くとの申し出でございます」


 バゼットの言葉を聞きながら、隆之は今まで疑問に思っていたことを口にする。


「結局、俺は魔人に取っての何だったんだ? 魔人達に無限の魔力を提供する餌じゃなかったのか? いきなり、魔人の王になったと言われても、俺としては状況が理解出来ないし、その勧めに従う気にもなれない。それはお前達が一番理解している筈だろう……」


 隆之の言葉には棘が含まれており、目の前の魔人を信用するつもりも全く無かった。

【欺瞞イリス】は隆之とエリーナを迎え入れ、二人の為に宮殿を用意すると言う。その為に多くの人々が塗炭(とたん)の苦しみを味わうのだろう。その現実を無視して話をする魔人はやはり忌々しい存在だった。

 多くの人々の苦しみの上で成り立つ贅沢な暮らしを隆之とエリーナの二人が望むであろうと考えることが二人に対する大いなる侮辱であり、隆之は悲しむエリーナを見たくは無い。


「陛下……」


「二度と呼ぶな……次は無い……」


 隆之が吐き捨てると、バゼットは押し黙る。


「俺はお前達に取っての餌で良いんだよ。弱い人間で良い。お前の主に伝えてくれ、大きなお世話だと。俺の意思は此処(ここ)で静かに平穏に暮らすことだ。それ以上は望まない。それを奪うと言うのであるならば、精一杯、(あらがわ)わせて貰うだけだ。お前らは途方も無い年月を生きるんだろう? 俺が死ぬまでの間じっとしていれば良い。何故(なぜ)、それが出来ないんだ? 俺達のことは放って置け、そう伝えろ」


 バゼットは「畏まりました」と一言告げて席を立った。隆之は彼女を見送ることも無く、彼女が去った扉を見つめたままで妻に声を掛ける。


「エリーナ……俺は弱いんだよ……本当は見知らぬ人間なんかどうなったって良いんだ……俺の(てのひら)はとても小さくて、本当に守りたい者さえも守ることが出来るか怪しいんだ……本当に最低な屑なんだよ……人間だと言い張って、強がってもこの呪われた【魔王(まおう)美酒(びしゅ)】の運命からは逃げられないのに……」


 愛しい妻に背を向けたままで語りかける夫は肩を落し、自らの弱さと罪深さを彼女に告白した。

 寂しげな後姿に惹かれ、エリーナが隆之を後ろからそっと抱き締めて慰める。


「そんなに御自分を卑下なさらないで下さい。貴方に私は救われました。村の人達も(みんな)貴方に救われたのです。貴方の(てのひら)は御自分が思っているよりもずっと大きくて、貴方の背中はこんなにも大きいのですから……貴方は十分に私達に尽くして下さいました。そんな貴方を私は愛おしく思います。優しくも弱い貴方の支えになることが出来るなら、それだけで私は幸せです。貴方がこれからその力を使ってより多くの人を救いたいと望むのであるならば、私は貴方を止めません。貴方の進む道は貴方が決めて下さい。それが私達の幸せにも繋がるのですから……」


 エリーナの言葉が隆之の心に刻まれた恐怖、絶望と言った物を氷解させて行く。

 隆之にとって、エリーナはまさに太陽だった。厳しい冬の凍てつきさえも溶かしてくれる暖かな存在。彼を包み込み、癒してくれる掛替えの無い彼女がいれば、これからも彼は強く生きていけるだろう。

 隆之は彼の胸に置かれた彼女の手にそっと、自らの手を添えてあの時の想いを言の葉に乗せて彼女に伝える。


「エリーナ……私は貴方をこれからも愛し続けます。これからも貴方の伴侶として私を支えて下さいますか。貴方に捧げた私の本当の名に誓って貴方を幸せにしてみせます……」


 あの時に捧げた彼の本当の名前は彼女だけが知っていれば良い。日本人であったことも最早意味をなさない。

 隆之は此処(ここ)で、この【世界】で生きていく。愛しい人たちを守り、愛しい人たちに守られながら……

 何処にだって幸せを見つけることが出来ることこそが魔人には無い、人間と言う存在の強みなのだろう。


「喜んでお受けします、タカユキ……私は貴方の妻ですから……」


 隆之の言葉にエリーナは目を瞑って答えた。

 彼女は彼の妻であり、例え死が二人を別とうとしても、もう二度とこの人の傍から離れまいと心に強く願った。

 夫婦はお互いに感じる温もりを確かめ合い、一翼の翼を羽ばたかせて飛び立っていく。

 彼らは【魔王(ビス)美酒(ケス)】としての運命に懸命に抗いながらも、これからも二人は守るべき者達を守り、導いていく……






 君臨することのなかった魔人達の王が存在したと言う伝説が存在する。

 聖地【ヨルセン】に遺された神殿に安置される【魔結晶】はこの魔王が遺したとの言い伝えは有名な話ではある。しかし、後世の歴史家達は誰もその様な話を相手にもしていない。

 今も我々を守り続ける名を遺すことすら拒んだ聖人が施したと言われる【魔力結界】は未だ多くの謎に包まれている。

 数百年を経た今でもその力を衰えさせることの無い其れは神の奇跡とも呼ばれていた。

 多くの魔人を滅ぼし、この世界から魔人の脅威を取り除いた聖人について唯一つ資料として残されている箇所がある。

 それ即ち、【魔王(まおう)美酒(びしゅ)】、【ビスケス】と呼ばれる存在であったと……

 物語は進み、そして伝説となる……

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