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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
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諫言するも目の覚めぬ者

ライオネル王国筆頭公爵であり、全ての兵権を国王より委任された立場にあるヴァイス・オットー公爵は王宮にて国王との謁見を果たすために出仕していた。

 息子であるフランク・オットーが先の【怠惰シンクレア】との戦で勝利を収めたことで王位継承権第三位を与えられ、オットー公爵家の権勢は他家の到底及ばぬ処となっている。

 その事に対して公爵は喜びよりも不安を抱えている。王権に対しての野心などが無くとも、このままでは生き残る為に王家に対して反旗を翻さねばならないことを公爵は恐れていたからだ。

 本日は王国にとって不利益な行動を取り続ける国王に諫言(かんげん)を行う為に早朝より控えの間にて待っている。政務は明け方から始められるのだが、本日も国王陛下は参加していない。そのことも公爵は苦々しく思っていた。


(この国難の時に政務を(おろそ)かにされるとは……)


 彼は謁見の間に立ったままかれこれ三時間以上も待たされている。

 公爵は大将軍であるからこそ政務には携わるべきではないと思っている。しかし、先日国王陛下が決定した怠惰シンクレアの治めるスフィーリアに対して侵略を行うとの言葉は到底納得の出来るものでは無かった。

 倫言(りんげん)汗の如く国王の言葉は取り消すことが出来ないが、思い付きでこの国を窮地に陥れようとしている主君を(いさ)めなければこの国は遠からずモール王国の二の舞になるであろう。

 公爵はこの諫言が受け入れられぬ時には自らの死を以て国王を諌める覚悟で臨んでいたのである。


「おおっ、待たせたのヴァイスよ。して、今日は余に何用で出仕したのじゃ?」


 (ようや)く現れた国王はまだ三十代だと言うのにその姿は連日の荒淫が祟って酷くやつれて精気のないものであった。しかも、臣下とは言え筆頭公爵と対面するのに寵愛する寵童を傍に連れているとは情けない限りだ。


「急な謁見の申し込みに応じて頂きまして誠に恐悦至極に存じ奉ります、陛下。本日臣が参上いたしましたのは【怠惰シンクレア】の治めるスフィーリアへの侵攻に対して奏上したき儀がございました故にございます」


 公爵の言葉に国王は露骨に顔を(しか)めた。公爵はその事に直ぐに気付いたものの、意見を述べるのを止めない。


「先の戦にて勝利を収めたと言われておりますが、あれは【怠惰シンクレア】からの気まぐれに過ぎぬと言うことは陛下も良くご存じの(はず)。我が国と致しましてはこの五年の間に他国との連携を密とし、国が一丸となって国力の回復に努めるべきでございましょう。この大事な時期にこちらから【怠惰】との約定を破り、侵攻を行うなど正直申しまして愚策以外の何物でもございますまい。陛下におかれましてはそのことを御再考の上、明日の朝議にて御深慮(ごしんりょ)を賜りたく思います」


 公爵の言葉に国王の顔が赤くなっていく。これは国王に対する礼を失する言動に他ならない。たまり兼ねた寵童の一人が公爵に対して異見を唱えた。


「畏れ多くも陛下の決定されしことに臣下が口を出すことは如何(いか)にオットー公爵様と言えども無礼に過ぎるのではございませんぬか?」


 寵童の言葉に公爵が目を見開いた。


「黙らぬか! 小童(こわっぱ)が! その方こそ無位無官の分際で、陛下への奏上を妨げるとは何たる無礼! 勿論、それは死を覚悟しての事であろうな」


 公爵はこの王国内で、謁見の際に唯一帯剣を許された大将軍である。寵童の発言に嚇怒(かくど)してその剣に手を掛けた。

 公爵の剣幕に寵童は恐れをなしてその場にしゃがみ込んでしまう。


「ヴァイスよ、その者は世の気に入りの者故、此度(こたび)のことは水に流してくれぬか。この通りじゃ……」


 国王は自分の大事な寵童が殺されるかもしれない恐怖に公爵に対して頭を下げている。この国の至尊の地位にある者とは思えない行動に公爵は怒りよりも先に情けなさ覚えた。


「陛下……その様な振る舞いをなさるとは何と情けなきことか。その様な者に(たぶら)かされず、この国を正しき道へとお導き頂けます様お願い申し上げまする」


 公爵は礼を取り、国王の目が覚めることを期待している。しかし、世の中には諫言(かんげん)されて目の覚める者と覚めない者がいる。

 国王がそのどちらであるかは実は公爵にも分かっていることだが、一縷(いちる)の望みを持っていた事も否定できない。


「うむ、うむ。ヴァイスの申す通りに致す(ゆえ)心配するでないぞ……」


 その言葉を聞き、公爵は感謝の言葉を国王に捧げて謁見の間より去って行く。

 公爵が去った後で、国王が苦々しく吐き捨てた。


「ふん、簒奪者が何を申すか……それよりも、怖かったであろう。もう大丈夫じゃから安心せよ」


 国王は寵童を安心させる為に猫撫で声で呼び掛ける。


「陛下、私は(つろ)うございます。このような辱めを受けた以上は陛下の御傍(おそば)に御仕えすることは叶いませぬ……」


 寵童は涙を浮かべて国王に訴える。その姿が国王にいじらしくまた愛らしく思えた。


「心配いたすな、余はそなたの兄に次の戦での大将を任す事にした。その結果次第では爵位も与える(ゆえ)、そなたも無位無官と言う訳にはまいらぬぞ。なに、フランクの青二才でさえ勝利を収める魔人など恐れることは何一つ無いではないか。そうは思わぬか?」


 国王は公爵の戯言(ざれごと)などは全く気にしてはいない。この度の戦の目的は寵童の縁者に功績を上げさせ、封侯を授けることにある。

 寵童の為に戦を起こそうとする主君を持つ国が滅びの道へ進もうとしているのを家臣たちが必死で抑えようとしている……

 それがこの国の現状だった。

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