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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
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傲慢クラリス

【傲慢クラリス】は現在、【怠惰シンクレア】の治める【スフィーリア】に屋敷を構えている。だが、それはぎりぎり屋敷と呼べる程の大きさでしかなかった。


(シンクレアが仕えている魔人の(はず)なのに何故(なぜ)こんな所に住んでいる?)


 隆之は見当がつかないまま、シンクレアに案内されて庭に入った。


「ねえ、シンクレア。その子が【魔王(ビス)美酒(ケス)】?」


 いきなり隆之は背後から声を掛けられ、驚いて振り向く。次の瞬間には彼は其処(そこ)に立っていた者の魔力に圧倒された。

 今まで全く気配を感じなかったのに今では溢れる奔流(ほんりゅう)が彼を呑み込まんとしている。

 曲がりなりにも魔力の高まった隆之には分かる。目の前の少女は正真正銘の化物だった。


然様(さよう)でございますわ、姫様。こちらが【魔王(ビス)美酒(ケス)】であるタカユキでございます……」


 シンクレアが告げると、その女性が隆之に対して優しく声を掛けてくる。


「へえ、そうなんだ……じゃあ、あの短い期間で【暴虐ベアトリス】が爵二位の魔力を手に入れたのもこの子の御蔭(おかげ)なんだ。ちょっと、期待しちゃうな」


 隆之にもこの女性が【傲慢クラリス】だと言うことは理解出来ている。彼女を見るだけで汗が止まず、緊張のあまり倒れてしまいそうだった。

 彼女は赤みがかった金髪を結い上げており、肌理(きめ)の細かい肌は白磁(はくじ)のようだ。大粒のルビーのような瞳でじっと隆之を見つめていた彼女はやはり、魔性の美しさを秘めていると言えた。

 彼は上級魔人に勝る容姿をした人間に出会ったことが無い。モール王国の宮殿で国王に仕える側室達なども見たが、とても彼女達と比べることが出来なかった。


「ああ、ごめんね。自己紹介してなかった。私は【爵二位淑妃クラリス】って言います。皆からは【傲慢クラリス】って呼ばれるけど、この二つ名に関しては不満しか持ってないので……言ったら殺すから……」


 この魔力の威圧が無ければ、笑顔で自己紹介をしてくるこの少女が本当に魔人【傲慢クラリス】であると言われても、隆之には信じられないことだ。隆之は唾を飲み込み、気分を少しだけ落ち着かせてクラリスに挨拶をする。


「御目見えの栄誉を(たまわ)り、恐悦至極(きょうえつしごく)……」


 隆之の挨拶はクラリスに途中で(さえぎ)られた。


「ああ、そういうのあんま好きじゃないのよ。もう少し気楽にしてくれないと困るから、普通に話しなさいね」


 隆之は返事に困り、シンクレアの方を向くとシンクレアが頷いた。


(仕方が無い。気楽に話せって言うのだから普通に話そう)


「初めまして、隆之と言います。御存知の通り、【魔王(ビス)美酒(ケス)】です」

 

  彼の淡々(たんたん)とした自己紹介に【傲慢クラリス】は満足そうに(うなず)く。


「うん、そっちの方が似合ってるね。まあ、そっちには仲良くする気はないだろうけど、こっちはこっちで勝手にやるから気にしないでよ」


 クラリスの軽い口調に隆之は上級魔人の中で【暴虐ベアトリス】が如何(いか)にまともな残虐さだったかを思い知るのだった。


「やあ、久しぶり。シンクレア、元気してた?」


【傲慢クラリス】の軽い挨拶に隆之は唖然(あぜん)とする。放出されている魔力は彼が今まで見た者の中で最高と言って良い魔人が軽々しく振る舞うことにどうしても違和感を拭えない。

 しかも、それに対する【怠惰シンクレア】の挨拶も見たことも無いようなものだった。


「お久しゅうございます、姫様。本日は御承知の通り【魔王(ビス)美酒(ケス)】をこちらに持参いたしましたので、是非お召し上がり下さいますようお願い申し上げますわ」


 シンクレアはスカートの(すそ)を指でつまんでお辞儀をしている。それは主君に対する礼とは言えないのではないかと隆之は思ったが、当のクラリスは全く気にした様子は見受けられない。


「シンクレア、わざわざ持って来てくれてありがとう。じゃあ、早速飲んでみることにするね」


 そう言うと、クラリスは隆之に近づき微笑んだ。隆之がベアトリスの時と同じく上着を脱ごうとしたが、いきなり彼女は隆之の顔を右手で鷲掴(わしづか)みにしてその細腕で彼を持ち上げた。

 クラリスの信じられない膂力(りょりょく)によって隆之の顔が見る見る赤くなり、ミシミシと小さな音まで聞こえてきた。

 突然のことで混乱した隆之が悲鳴を上げ、反射的にクラリスの腕に爪を立てて抵抗する。頭蓋(ずがい)が割れんばかりの激痛に隆之は本気でクラリスに蹴りを入れるが、彼女は全く意に介していなかった。


「ほらっ、じたばたしないの……大人しくしてなさいよ」


 彼女は左手にナイフを持ち隆之の首に当ててゆっくりと引き抜いていく。頸動脈(けいどうみゃく)を切ったわけではないが、彼の血液が見る見る溢れて彼の服を赤く染めていった。


「ああっ、勿体ないなー。シンクレア、悪いけどお願い」


 シンクレアが魔力を発動させて隆之の血を球状に(まと)めてクラリスに差し出した。隆之の傷も癒されて服に付いた()みも綺麗に消えて無くなっている。

 クラリスは隆之とナイフを地面に投げ捨てるとシンクレアの持つ魔力の結晶に目を奪われた。隆之は弱々(よわよわ)しくその場に何とか立ち上がり、服に付いた土を掃った。


「これで宜しゅうございますか、姫様。これが世に名高い【魔王(ビス)美酒(ケス)】でございます」


 隆之の血液は【明星のスルド】と出会った時のように丸い宝石の様になっていた。クラリスはその宝石をつまみあげて口に含み、一思いに飲み干す。


「すごい、何なのこれ? 美味しい……今まで吸収した魔力以上の魔力が宿ってる」


 クラリスは両手で口元をおさえ、感嘆の声を上げた。魔人としては幼い彼女もこれだけの芳醇ほうじゅんな魔力は空前絶後のものであると断言が出来る程に隆之の血には魔力が含まれている。


「最高ね。病み付きになりそうだわ。もう一回飲んでも良い?」


 クラリスはシンクレアに尋ねるが、シンクレアは首を横に振った。


「駄目か、残念ね。まあ、良いわ。それよりも、タカユキだっけ。君はもう少し敵意を抑える訓練をした方が良いよ。魔力が感情に同調してとっても分かり易いから」


 クラリスに言われた隆之は慌てて魔力を抑えるが、そんな狼狽(ろうばい)した彼を見てクラリスはクスクスと笑う。


「君、本当に面白いねえ……これだけ屈辱的な目に遭った上で、更にその敵意を隠せていないことを指摘されて(なお)もそれを隠そうとしてる。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)のつもりかもしれないけど、馬鹿みたいだからやめたら?」


 クラリスはそれだけ言うと、隆之から興味を無くしたらしく屋敷へと戻って行った。シンクレアも彼女の後を追って付いていく。

 一人残された隆之は後ろから魔力を放ち二人を消し飛ばす夢想に駆られたが、深呼吸をしてから気持ちを落ち着かせると屋敷に向かってゆっくりと歩き出した。

【傲慢クラリス】は屋敷に戻ると【怠惰シンクレア】から隆之の爵六位昇進に(ともな)俸禄(ほうろく)の増加と領地拝領(りょうちはいりょう)の報告を受けたが、彼女は面倒臭そうにシンクレアに全てを任した。


「正直どうでも良いよ、そんなこと。それよりもシンクレアは何時(いつ)になったら私を狩に連れて行ってくれるの? 数年に一度しかしない狩をライオネル王国でしちゃってさ。しかも、五年間の不可侵を約束するなんて……私がどの国と遊んだら良いのか是非教えてくれません、先生?」


 クラリスは目を細めてシンクレアを見つめている。その視線には少しだけ避難の色が含まれていた。


「御心配なく姫様。既にライオネル王国において国王が我が【スフィーリア】に対して軍事行動を取ることが決定的だと間諜(かんちょう)より報告を受けております。遅くともこの春の終わりまでには攻めて来るみたいですわ」


「ええっ、ライオネル王国の国王って本当に救いようがない馬鹿だったんだ。モールに援軍を送らなかったのに、今度は和平を交わしたシンクレアに単独で挑むなんて……」


 クラリスはシンクレアの返答が予想外のものだったことに驚きの声を上げる。

【怠惰シンクレア】との約定を破るなど正気の沙汰(さた)とは世間は思わない。シンクレアが約定を違えないことは有名であり、約定を破った相手に対しては容赦なく滅ぼしてきた実績もある。

 このことを踏まえれば、ライオネル王国の国王が下した愚断(ぐだん)は国を滅ぼしかねない危険を含んでいると言えた。


「ああっ、楽しみだなあ……ねえねえ、ライオネルを滅ぼしたら王侯貴族は(みんな)串刺しにして王都の城門前に飾ろうと思うんだけど、シンクレアはどう思う? 串刺しじゃあ【暴虐ベアトリス】に勝てないかな?」


 クラリスの中では【ライオネル王国】を滅ぼし、国中が恐怖と断末魔の声で満たされることに軽い興奮を覚えている。彼女は生まれてから一度も狩をしたことがない。この事が彼女の長年の不満であった。


「何しろ姫様の初めての人間狩りでございますから嬉しいのは分かります。しかし、()だライオネル王国から攻撃を受けた訳ではございません。あの国が破滅への道を歩んだ(あかつき)には五万の軍を動かして滅ぼして差し上げましょう。さすれば、姫様の望みも実現致しますわ」


 シンクレアはクラリスのことが微笑ましく、見守りながら諭すように言った。その言葉にクラリスは満足そうに(うなず)く。

 そこに……


「ふざけるな! ヨルセンの村はどうなる! 約束が違うぞ!」


 今まで黙っていた隆之が激昂(げっこう)してシンクレアに問い詰めた。

 ライオネル王国がなくなればヨルセンの村も立ち行かなくなってしまう。黙って見過ごせるものではなかった。


「ヨルセンの村には手出しはしませんし、ジゼルの街周辺をそなたの領土として下賜(かし)することにします。(わたくし)は別に約束を破る気はありませんわよ、タカユキ。あそこならば貴方も喜んで管理してくれるでしょうから頑張って発展させなさいな」


 クラリスは笑いを(こら)えながらシンクレアに向かって話し始める。


「シンクレア、君も意地悪だね……ジゼルの街周辺とそれ以外の地域で天国と地獄を作るつもりでしょ。私は少なくとも人間で遊ばせて(もら)うから必然的にそうなっちゃうよねえ……」


 クラリスの言葉にシンクレアが眉を(ひそ)める。少なくとも、シンクレアにはそんなつもりはなかった。そのようなことは考えた事が無い上、興味も湧かなかったと言える。

 生まれて初めて行う人間狩りが一国を滅亡させる規模で行うことにしてくれたシンクレアに対してクラリスはとても感謝している。


(思った以上に面白くなりそうになってきた……)


【傲慢クラリス】は自分の思い通りに……(いな)、それ以上に上手くいく現状に満足している。魔王(ビス)美酒(ケス)】はこの手の中にあり、人間を支配して(もてあそ)ぶ。

 魔人としての楽園を築いていくことこそが彼女の望みであり、存在意義であると信じて疑っていなかった。

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