人を不幸にするだけの人間
【モール王国】は【暴虐ベアトリス】からの降伏勧告を受諾し、ここにモール王国は滅亡した。
降伏条件が【魔人による王族に対する処刑】であったにも関わらず、当の王族達がその条件を直ぐに認めた為に降伏が決定される。家臣の中には断固として反対する者もいたが、国王に諭され、涙しながらその場に崩れ落ちる有様だった。
ベアトリスは魔獣の背に取り付けた輿の上に乗って王都【エルダール】に側近だけを引き連れて入城した。
雪が舞う季節の為、魔法の膜が張ってあるその輿には【魔王の美酒】である隆之も一緒に乗っている。
男に寄り添い仲睦まじく談笑する美女があの【暴虐ベアトリス】だとは城内の人々はとても信じられない。彼らの想像していた【暴虐ベアトリス】とは人間を虐げ、弄ぶまさに魔人の中の魔人であり、間違っても目の前のようなものではなかったからだ。
モールの国民全てが自らの国王が下した英断に対して感謝している。しかし、本当に魔人との約束が履行されるのかどうか不安であったし、魔人達が王族に対してどのような惨い仕打ちをするのか気が気で無かった。
「本当に宜しいのですか、ベアトリス?」
隆之はモール王国の王族の処刑方法をベアトリスから一任されることになった。
「そなたに任す故、好きにするが良い。残虐に殺すも良し、慈悲を以て苦しまぬように殺すも良し。そなたがしたいようにして構わぬ」
ベアトリスは隆之に凭れ掛かり、彼の首に両腕で抱きついている。話し方は密着した状態で睦言のようであったが、内容はとても愛を語る者達のものではない。
「そなたの手に余ると申すのであれば、他の者に任すが……」
隆之が断る訳がないことを理解した上での発言はベアトリスのちょっとした意地悪だ。彼女は隆之が返事に困って何も言わないでいる顔を好ましく思っている。
ベアトリスが男装ではなく、赤絹を用いたドレスを着るようになったのは隆之が来てすぐのことだ。その時の「とても良くお似合いですが、少し目のやり場に困ります……」と隆之が俯きながらいったことを今でも彼女は鮮明に覚えている。
(女々しいと好まなんだが、これも着てみれば面白いものよ……)
今ではベアトリスが女性用の服を着ていることの方が多くなっている。彼女の心境の変化が明確に表れていると言えよう。
「兎に角、そなたに任せる故に考えておくが良い」
「はい、了解致しました……」
隆之の表情は暗く、顔色が悪いのもこの北の極寒だけのせいとも言えない。
(処刑させる……俺が考えた方法で……)
隆之は悩んでいるが、この命令は受理するつもりでもあった。
ベアトリスの【勇者】である彩人への仕打ちを考えれば、王族達も只では済まない。ゆっくり時間を掛けて壮絶な苦痛と恐怖を与えられてモール王国の王族達は葬られるだろう。
それよりも彼が処刑する方が苦しませずに済む。だが、理性では分かっていても、彼は戦場以外で人間を殺すことに感情では納得できなかった。
これは【暴虐ベアトリス】が彼だけに見せる精一杯の温情であることは隆之も理解している。彼はモールの王族に対して自害を勧めるつもりだ。
その遺体に対しても辱めること無く、モールの民に帰す。
彼の取る行動は偽善でしかないかもしれない。されど、辱めるよりは手厚く葬る方が民たちが喜ぶならば隆之はそうしてあげたかった……
隆之とベアトリスの乗った魔獣が王城に辿り着き、彼らは輿から降りて歩いて謁見の間を目指す。
隆之にはまばらに舞う雪がこの国の涙に見えて仕方なかった。
◆◆◆
謁見の間においてベアトリスは玉座に座り、階の左右に側近達が並んでいる。【魔王の美酒】である隆之は玉座の隣の王妃の席に座っていた。
彼らの前にはモール国王を先頭に王族達が【暴虐ベアトリス】の裁きを待っていた。
「一つ聞きたいのであるが、何故、そなた達は伏礼をせぬ。立ち上がったままに予を迎えるとは無礼とは思わなかったのか?」
ベアトリスは派手なドレスから以前の男性用の服に仕替えている。自信と威厳に溢れた声はまさに王者の風格を備えている。彼女の口調は咎めると言うよりは心底不思議がっているようであった。
「我らは落魄れたと言えども高祖ヨシマサ様の末裔……魔人に膝を折ることは在り得ませぬ。ましてや、伏礼を取るなどは考えたこともありませぬな」
国王がすぐさま返答する。ベアトリスは顎で側近の一人に指示すると、その者が国王に対して火炎魔法を放った。
一瞬にして国王の衣服に炎が引火して国王が絶叫する。国王の家臣が消そうとするが、魔法による炎は勢いを止めない。暫して、ベアトリスの合図を受けた側近が消火した。
「この国は寒い故、暖を取ることを許そう。それで足りぬなら遠慮無く申すが良いぞ……で、そなたは先程、何か予に対して申したか? 良く聞こえなかったので、もう一度申してみよ」
国王は今の魔法で大火傷を負ってしまい、ベアトリスにとても答えられる状態ではなかった。
「ほう、国王は答えられぬか。では、王妃に聞くとしよう。先程そなたの夫君は何と申したのじゃ……答えてみよ」
王妃は目の前で虫の息となった国王を一瞥し、歯を食いしばる。そして、王妃はベアトリスを睨みつけながら夫と同じ内容を叫び返した。
その王妃の言葉が終わる前にベアトリスが指を鳴らし、王妃の全身も炎に包まれる。
「愚かよな……しかし、こう言った余興は嫌いではない。さて、何人同じ言葉が言えるかが醍醐味よのう……では、次に王子達に聞くとしよう。年長者であるそなたがお主らの代表として答えよ。何と申したのじゃ、申してみよ……」
そのように言った彼女の顔には確かな喜悦が見て取れる。結果、幼い者を含む王子・王女全てが炎に包まれた。彼らの誰一人魔人に屈するのを良しとしなかったのである。
辺りには肉と髪の焦げる異臭が広がり、ベアトリスの側近の中には食欲を誘う匂いに涎をたらす有様だった。
「本当に愚かな物よ……タカユキと交わした約束があった故に殺すつもりはなかったが、こやつらは生きるのが下手ではあるな。人間が予に対して伏礼をしない等あってはならぬ。予の顔を許可無く仰ぎ見、許可無く発言するとはその罪は皮を剥いだ後に八つ裂きにし、魔獣の餌とするのが相当であろう……」
「ベアトリス様、この者達の処刑方法は私に一任された筈です」
今まで、黙っていた隆之がベアトリスに苦情を申し入れる。感情の浮かんでいないその瞳は底冷えのする氷のようだった。
「分かっておる。そなたの好きな方法で処刑せよ。しかし、犯した罪に対しての刑罰がどれ程のものであったかはこやつらも知るべきであろう。」
「御意、貴方様の温情に感謝を」
隆之はベアトリスに感謝を述べる。彼の胸の内には彼の尊敬する者の声が先程から頭に響いている。
おら絶対に謝らねぇ!
エリーナ姉ちゃんを不幸にする奴になんでおら達が謝らきゃなんねんだ!
死んだって謝るもんか!
(ヴァン、君の言うとおり俺は人を不幸にするだけの人間になったよ……)
隆之は立ち上がり、傍仕えの者に命じて王族全員に服用させる毒酒を用意させる。瀕死の王族達はベアトリスの側近達が治療魔法を掛けていた。
隆之はこれ以上彼らに苦しみを味あわせたくは無かった。それが偽善と知りつつも彼は動く。
それすら無くなった時が彼が本当に人間ではなくなった証拠なのだと知りながら……




