ベアトリスの条件
「タカユキ、そなたが【勇者】の処置について口を挟まなんだのは意外であった。【勇者】の助命を嘆願するなら今からでも叶えてやるが……如何する」
【暴虐ベアトリス】と【魔王の美酒】であるタカユキの二人はマスタナに戻らず、平原に設置された革製のテントの中にいる。ベアトリスは隆之の血を堪能した後、彼に治療魔法を施しながら彼に聞いた。
「ベアトリスのお気遣いは嬉しいのですが、無用にお願いします。私は彼を助ける気はありませんから……」
隆之は部屋着に着替えつつ、ベアトリスに答える。彼女は椅子に腰かけているが、足を組んで頬杖をついており余り行儀が良いとは言えない。
彼女は彼の着替えを眺めながら面白そうに尋ねた。
「ほう……そなたが然様に申すことは珍しいな。何ぞ意味でもあるのか?」
「いえ、大した意味は無いのです。唯、本当に彼を救おうと私が考えていたならあの時に首を刎ねるか頭を潰すかしていたでしょう。彼を生かしてままで捕らえることも無く放置した私が権利を主張することは出来ないことです」
隆之の表情は暗く、口調も静かなものだった。彼は【勇者】である彩人に対して同情している訳ではなかったが、全くの無情であるとも見えない。
「そなたがそう言ってくれると正直私は助かるが……【勇者】の肉は部下も楽しみにしておるよってな。正直この度の狩は目的を大方果たしたと言っても良い。【勇者】の血を浴びたそなたの顕在魔力は歴代の【魔王の美酒】の中でも飛び抜けたものとなった。爵六位級の顕在魔力を手に入れたそなたには最早、人間ではどうしようも出来ないであろうな。そなたの妻を取り戻す日もそう遠いことではなかろう……」
隆之はベアトリスが【エリーナ】のことを知っていることに少なからぬ驚きを見せた。彼が咄嗟に彼女の顔を見ると、ベアトリスは悪戯の成功した子どものような表情を浮かべている。
「タカユキの事情くらいは予も多少のことは存じておる。そなたが妻であるエリーナを解き放つ為に戦場におることぐらいはな……」
隆之は沈黙を貫き、ベアトリスに答えない。ベアトリスは彼に構わず続ける。
「そなたの本心が同族を手に掛けることに無いのも存じておる。モールを滅ぼすことには変わらぬが、そなたが望むならここで引き揚げるとしよう。【エルダール】は四人の部下達が直ぐに陥落させるだろうが、城内の人間に手出しすることを厳禁しておる故に安堵せよ。モールと言う国は無くなるが、それを支える民が無事であるなら問題は無いのであろう……唯、これには一つ条件があるが……」
「条件とは?」
隆之がベアトリスに対して身構える。ベアトリスはそんな彼の仕草を一笑すると彼を安心させることにする。
「何も難しいことでは無い。今夜もそなたが予の髪を梳いてくれれば良いだけよ。あれは存外気持ちの良いものであるからの……私がそなたに望むのはそれだけで良い……」
隆之に対してそう言ったベアトリスは彼の困り顔を見て笑っていたが、その顔に少しだけ浮かぶ感情に隆之が気付くことは無かった。




