己を知らぬ者の末路 【残酷描写あり】
【マスタナ夜戦】はたった二千の魔人軍に【モール王国軍】約十万が一方的に蹂躙されると言う史上類を見ない程の惨憺たる結果に終わった。
モール王国軍約十万の損害の内訳は戦死者二万七千強、行方不明者一万二千弱、重軽傷者約三万及び残りが魔人軍の捕虜とされた。魔人軍の損害は皆無である。
後世においてこの戦いを【戦争】と表記せずに【マスタナの人間狩り】と表記する戦史研究者もおり、戦争と言うよりは虐殺であったことは皆が認める事実であった。
戦の終わった後始末を捕虜に行わせ、決戦場となった平原で【暴虐ベアトリス】の部下達が宴を開催している。彼らの姿は巨大かつ異形であり、身の丈は成人男性のおよそ二倍、横幅は三倍と言った所だ。全身を硬い体毛に覆われた熊のような上半身の魔人二人が人間の死骸に腰かけて焚火で炙った腕を喰らっている。氷点下を大きく下回るこの北の地においては死体も凍りつき、火にかける必要があった。
「ちっ、やっぱり雄の肉は堅くて臭えな……偶には俺も雌か子どもを腹いっぱい喰ってみてえ……」
「そうか、俺はこの歯応えが好きだけどな……」
文句を言った一方に対して、生きた人間の腿に齧り付きながらもう一方が答えた。
拘束された兵士達が生きながらにして彼らの腹に収まっていく姿を目の当たりにした他の捕虜たちが嘔吐をしている。魔人達はそれを気にすることなく会話を続けた。
「今頃、ベアトリス様は【魔王の美酒】を堪能されているのかねえ……俺も死ぬまでに一度は飲んでみてえ」
「馬鹿か、お前じゃ無理だろ。しかし、【魔王の美酒】ってのはやっぱり凄えよな。爵三位になるまで二百年掛かったベアトリス様がたった数回【魔王の美酒】の血を飲むだけで爵二位に昇格だろ? 【魔王の美酒】も【勇者】の血を浴びて更に顕在魔力が高まったみたいだし。でも、まあ俺たちみたいな下級魔人には天上の方々の話は正直関係ないけどな」
「はっ、【勇者】ねえ……あれは酷かったな。前代未聞じゃねえのか?」
魔人二人は食事の手を止めず、噂の【勇者】の方に視線を向けると其処には変わり果てた神田彩人の姿があった。
顔は目を針で縫い付けられた後に鼻を削がれ、舌と頬肉と唇を既に彼を捕らえたベアトリスの側近に食われてしまっている。
無残にも皮を全て剥がされた両手足は剥き出しの筋肉が細かく痙攣しているのが見て取れ、灯心の立てられた臍に彼の皮下脂肪を燃料とした灯りが辺りを薄く照らしていた。
柱に短剣によって両手を固定された彩人の少し肥満気味の腹が微かに動いているのでまだ彼が辛うじて死んではいないことが見て取れるが、このまま放置しておけば何れ彼はこの寒さで衰弱死してしまうことが明白であった。
彼ら二人の魔人は【勇者】が死なないように頻繁に回復魔法を交代で施している。
ベアトリスの命令で彼を死なせてしまっては彼らが処刑される為に細心の注意を彩人に払っていた。
【勇者】である彩人は処刑の後で側近達に分配されることに決まっている。捕らえた者と四人の将軍たちにそれぞれ頭部と四肢は与えられることが既に決定事項とされ、胴体部分についてはモール国王を捕らえた者の褒美とされることが既に発表されていた。
その時までは彼は治療を施されながら、生かされ続ける。ベアトリスはこの寒さで彩人が凍傷に掛かり、四肢の神経が腐って痛覚を失ってしまうことを恐れ、入念な治療魔法を施すように二人は彼女から厳命されていた。
「おっ、そろそろ掛けねえとやばいな……」
魔人の一人が彩人に近づいて治療魔法を施すと、彩人が舌の無い口を動かして魔人に懇願してくる。とても聞き取れたものではなかったが、人間がこんな状況の時に言う六文字の言葉が何だか魔人には今までの経験ですぐ分かった。
言うことは皆同じで【コロシテクレ】だ。
「心配すんな、殺しゃしないからよ。腹が減っただろう。是でも食えよ」
魔人は彩人に今自分が喰っていた人間の腕の肉を彩人の口をこじ開けて放り込む。
彼が何を口にしているのか分からずに夢中で咀嚼して飲み込んでいくのを見て、魔人達は腹を抱えて笑った。
昨日までの神田彩人にとって【死】は恐怖でしかなかったが、今日の彼にとってはこの凄惨な地獄からの解放でしかない。
この悪夢は彼の死を以て終わりを迎える。しかし、この悪夢の始まりが何時だったのかは彩人には分からないままだった。




