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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
31/88

円舞曲

【暴虐ベアトリス】の治める領地であるルーデイアにおいて、人間は家畜として扱われている。囚われている彼らに希望は無く、自分たちが何時いつ魔獣の餌とされるか分からない状況に日々戦慄(せんりつ)しながら生きていた。

 弱肉強食こそがルーディアにおける絶対のルールであり、絶対的な弱者である彼らは何をされても文句も言えず、家畜としての自由を与えられているに過ぎなかった。。

 隆之の乗った馬車が大勢の護衛に護られながらルーディアに入った時、彼らは平伏し、決して頭を上げること無く無事に通り過ぎるのを待っている。

【暴虐ベアトリス】の賓客として遇される隆之に対して無礼を働いたならば、その代価は命を以って償うより他は無い。

 それを恐れた彼らは決して、顔を上げようとはしなかった。ここでは多くの人間達が魔人達の玩具おもちゃとして虐げられている。

 隆之はその人間性が完全に否定され、虐げられた人達が目の前にいると言う情景に対して、自分の心に怒りと言う感情が全く湧かなくなっていることに自嘲じちょうする。


(これが魔人の支配する世界か……彼らにして見れば、俺も化物の仲間に過ぎないんだろうな……)


 馬車を護る者達はそのまま【暴虐ベアトリス】へと献上される品であり、隆之を含めて供物くもつでしかない現状に諦観ていかんすら抱いていた。

 整備された城下町に人外の魔物が闊歩かっぽし、鎖で繋がれた人間が奴隷として扱われている。北に位置するこのルーディアで彼らは襤褸ぼろ切れを纏い、寒さに震え、主人のたわむれで鞭打たれた肌をさらしていた。

 その彼らの主人である下級魔人達も中級魔人とされる【】に対してはひざまずいて礼を取っている。

 彼らの姿形すがたかたちは様々であり、上半身が牛の様な筋肉質な者や竜の様な頭部を持った者など、実に多種多様であった。

【怠惰シンクレア】が異形の魔獣出身の魔人を嫌う為、彼女の治めるスフィーリアでは珍しい光景がここでは当然のものとして受け止められている。

 発展した人外の街並みを見下ろすかの様なベアトリスの居城である【アスディアナ宮殿】の巨大さかつ壮麗さに隆之は思わず目を奪われてしまった。

 宮殿へと続く坂道を馬車はゆっくりと進んでいく。

【暴虐ベアトリス】との謁見を果す為に隆之は自らの魔力を顕在けんざいさせた。彼は魔力を顕在させていなければ普通の人間にしか見えないからだ。

 その全ての魔人の食指しょくしいざなう魔力こそが彼が【おうしゅ】である何にも勝る証明になる。

 隆之は魔人の中でも随一の残忍さを誇ると言われる【暴虐ベアトリス】と対面する覚悟を決めた。


 ◆◆◆


 謁見の間において【暴虐ベアトリス】は普段の彼女らしからぬ落ち着きの無さを周囲の者に見せていた。

 彼女は【】を過去に味わった経験がある。その時の彼女は上級魔人の証である【爵七位】を先代の魔王より賜った時、褒美としてその血を下賜された。

 当時の【】は女性であり、戦場に立つことも無い脆弱な存在であったが、彼女の首筋の己の牙を突き立てて味わったあの至高しこうの魔力の根源をベアトリスは忘れることは出来ない。

 ベアトリスは数万の人間を魔力変換する魔法を使用できるが、そのような物とは比較にならぬ魔力の芳醇ほうじゅんさに酔いしれ、【おうしゅ】とはよく言ったものだと感心した記憶がある。

 しかし、彼女の望む本当の【】は今より二百年以上前に出会った愛しき者……


「今生の【】様、御入殿ごにゅうでん!」


 側近の声と共に隆之が謁見の間に入ってくると、ベアトリスはまず彼の潤沢じゅんたくな魔力に目を奪われた。


「これは……何と素晴らしき顕在けんざい魔力の高さか……これは歴代の【】の中でも指折りやもしれぬな」


 隆之の健在魔力の高さにベアトリスは上機嫌に話す。隆之はベアトリスに対して胸に手を当ててから一礼して言葉を述べた。


「ベアトリス様、立ちながら礼を取る無礼を御許し願いたい。我が名は隆之と申します。我が主であるシンクレアの命を受け、御前ごぜんに参上した次第にございます」


「ほう、タカユキと申すか。立礼は許すゆえ、気にするでないぞ。此度こたびの我らの狩に参加してくれるとのことじゃな……」


 ベアトリスは機嫌良く隆之を迎える。


「御意」


 それに答えながら隆之はベアトリスの容姿を観察する。他の例に漏れず、彼には彼女も絶世の麗人れいじんにしか見えない。

 ベアトリスは褐色の肌に銀色の髪、琥珀色の大きな瞳に、赤い唇と先の尖った耳をしている。彼の元いた世界での想像上のエルフにその印象が近い。

 彼女が【明星のスルド】や【怠惰シンクレア】と大きく違う点は男装をしている事だろう。


「堅苦しい挨拶はそれぐらいにして、まずは旅の疲れをいやすが良いぞ。そなたが望むものは何でも用意させるよって、遠慮なく申してみよ。酒、食事、女のどれをとってもこのルーディアの選りすぐりを用意しておる」


「ベアトリス様の御心遣いに感謝を……」


「それらを堪能したなら、予の望みも叶えてくれ。言わずとも分かっておるであろうがの……」


「ベアトリス様が御望みであるならば、この場でも一向に構いませぬが」


 隆之の返事にベアトリスは意表を突かれたが、それも一瞬のことでその琥珀色の瞳を細めて右手を振る。すると玉座を中心に左右に分かれて並んでいた魔人達が一礼の後で退出していく。


「正直に言うならば、もはや我慢の限界であったわ……そなたの言葉にここは甘えさせて頂くとしよう」


 隆之は自らの上着を脱ぎ、上半身をさらけ出すと、「失礼」と断りを入れてから玉座に進んでいく。その時のベアトリスは恍惚とし、少しだけ息も荒いような気がする様に彼には思えた。

 隆之が玉座の前で跪くとベアトリスが彼の首筋に犬歯を突き立てる。一瞬の痛みに彼が顔を歪ませると、


「済まぬ……痛かったか……」


 ベアトリスが隆之に謝罪して、慌てて彼から離れた。


「ベアトリス様、お気になさらずに……慣れております故……」


「真に済まぬ……【】を味わう事など最早二度とは叶わぬと思っておった(ゆえ)に力が入った……許せ……」


(謝った? 魔人が?)


 ベアトリスからの思いもよらぬ謝辞に隆之も驚愕きょうがくする。彼のその表情を誤解した彼女は更に言葉を続けた。


「直ぐに済ます。よって、我慢して欲しい……」


 彼女が【暴虐】の二つ名を持つ魔人だと言う事が隆之には信じられなくなる。目の前の彼女には配下の魔人たちを統べるおお々しき姿は既に見受けられず、恥じらう姿は男に対しての接し方をいまだ知らぬかの様に思わせた。

 ベアトリスはまるで隆之を壊れやすいワイングラスのようにそっと、抱きしめ、首筋から溢れ出た彼の血を愛おしそうに子猫のように舌を出してからすくい上げた。

 ようやく会えた自らの想い人に対する喜びを噛み締めながらと嚥下えんかする【魔王まおう美酒びしゅ】は彼女の心を甘く、甘くとろかせる。


(義正、そなたは変わらぬな……この温もりも……不器用な仕草も……全てが愛おしい……)


 ベアトリスの頬から伝わる涙に隆之は気付く事も無く、彼女の背に優しく手を伸ばした。


【暴虐ベアトリス】と【】が踊る円舞曲ワルツが今、始まる……

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