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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
23/88

トマールの戦い 変わりゆく自分

 隆之がシンクレアからこの度の戦で支給されたものは身を護る為の黒い鎧だけだった。

 武器の類は一切支給されず、魔人の奴隷軍はカーネル軍長を除いて全員が徒手空拳としゅくうけんで戦場に立つ。隆之からして見れば、正気の沙汰さたとは思えなかった。

 魔人軍に命令系統は無い。軍令の内容も単純明快であり、


「一つ、功なきは死罪。二つ、約定を破りしは死罪。三つ、下位なる者の不敬は死罪。四つ、獲物の識別を破りし者はその功を半減とす。五つ、獲物への助命を望みし場合は主の許諾きょだくを以て、それを可能とす」


 以上の五項目からなっているだけだ。項目に違反しない限り、奴隷兵達は好き勝手をしても構わない。

 組織的な集団戦闘の方法をシンクレアも知らぬ訳ではなかったが、興味も無く、知識として持ち合わせているだけだ。

 兵法とは自軍の損害を少なくし、敵を如何いかに効率良く殺す為に編み出された物に過ぎない。

 戦で本当に彼女が効率を重視したいと望むのであるならば、初めから敵兵を問答無用で吹き飛ばせば良い。

 態々(わざわざ)人間を狩り集めて配下にすることは彼女の奇行と言われているが、魔獣で構成する魔軍よりも実は強力である。

 彼女が保護魔法を掛ければ、彼らは疑似的な魔人の集団と言って良い程の戦力を有する。シンクレアの下準備が終わった今となってはカーネルが命令を下す必要もない。

 二千の獅子の群にねずみ如何いかに団結しようともかなう道理がなく、鼠の歯が獅子の肌に届くこともない。鼠はただ、喰われて死ぬだけだ。

 アイン将軍は魔人軍が有効射程に入る同時に弓隊に攻撃命令を下した。弓隊は命じられるまま、五月雨式さみだれしき隙間すきまの無い矢の雨を魔人軍に降らせてくる。間合いも完璧で文句の付けようが無い。

  隆之は放物線を描く、矢の余りの数に思わず立ち止まり、愕然がくぜんとした。


(まずい……)


  自身に魔力をおおう為に意識をそちらに向ける。

 だが、間に合わない。彼が全身に矢を受けた自らのみじめな姿を想像した際、脳裏で何かが広がる感覚を味わった。

 理解しかねる感情が一瞬にして彼の精神と身体を支配し、全身が青白い光に包まれて力がみなぎってくる。かすかに残った理性か彼に呼びかけたが、効果はなかった。

 既に彼には人を殺すことに禁忌きんきは無い。戦場においてはそんな甘えが直ぐに命取りになってしまう。

 あるのは目の前の獲物を殺すことだけだ。

 手始めに赤く光る男の一人の顔に右手をえる。ほんの少し力を入れただけで、柘榴ざくろの実のようになった。良く熟れた果実を握り潰した独特感触とてのひらにぬかるんだ物が残り、あまり気持ちの良いものではなかった。しかし、首から上の無くなった肉から溢れる鮮やかなルビー色の液体が隆之をより強く陶酔とううすいさせてくれる。

 人の血を浴びることで得られる陶酔とうすい感は彼の思考を鈍らせていく。

 より残忍に、より冷酷に……


「寄るなぁ! 化け物!」


 頭の無い肉に乗り掛けられる格好となった男が泣いている。無様に泣き叫ぶ実にみにくい顔だと隆之は思った。


(心臓を取り出してやれば……大人しくしてくれるだろうか……)


 隆之は死体を男からどけると、わめく男の左胸にゆっくりとおのが右手をじ込んでいった。

 肋骨ろっこつの抵抗が指に心地良い。隆之の右手の中でいまだに鼓動を止めぬ其れは愛しさすら感じさせる。

 彼は頭上で其れを握り潰し、おのれに降りかかる血潮ちしおを存分に堪能たんのうした。

 髪には茶褐色の血がこびり付き、怪我は無いが、全身を染め上げた彼は異様な臭気を放っていた。


(駄目だ……これでは満たされない。赤では駄目だ……意味が無い……時間も無い……)


 獲物の数が此方こちらの三倍でしかないことを考えるならば、一人当り三人までしか殺せない計算となる。

 周囲を見渡せば、赤の数は壊滅かいめつしたと言って良い。緑も残り少なく、中央の黄色をまもるように円陣を組んでいるが、殲滅せんめつまでそう時間は掛からないだろう。緑を殺し尽くした後で、ゆっくりと黄色を殺せば良い。

 彼は好物を最後まで残して食べる者の気持ちを少しだけ理解した。


成程なるほど……旨い物を最後まで取って置くのも悪くない……)


 次なる獲物を求めて、隆之はむくろによって足場の悪くなった戦場を駆け抜けた。

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