トマールの戦い 【英雄】への覚醒
フランク・オットーの身体が緑の光を帯びた時、彼には不思議と屈辱を感じることはなかった。
相手は【爵三位怠惰シンクレア】だ。彼らの肩書きは何の意味の無いこと。公子であり、現国王の甥であること等、目の前の獣達は理解すら出来まい。
「アイン将軍には済まないことをした」
フランクは何故自分がこの戦の総大将として国王より任命されたのか、父親が副将としてアイン将軍を付けてくれたのかが理解出来た。要するに、国王にとっては彼は邪魔なのだ。国王はフランクの生存を望むまい。しかも、この戦果では死罪も十分にあり得た。
防衛の為に丸太で組んだ防御柵は奴等の攻撃により脆くも崩され、防御柵まで雨の様に降らせた矢は魔力の薄い膜と鎧に全て弾かれている。
農民兵達が懸命に槍を刺すも全く痛痒を感じた様子もない。槍を奪い取り、腕をへし折り、首を捻じ切っていく。
その作業を淡々と熟す様は正に人外の獣と言えた。
一瞬で此方の用意した陣形も、防御柵も紙切れの如く切り裂いては蹂躙する魔人達は常軌を逸しているとしか良いようが無かった。
これはフランクの今まで経験した戦とはまるで違う物だ。彼も矢合わせの鏑始め等を望んでいた訳では無いが、こちらの常識の全てを否定するだけの存在がこの世には確かに存在すると言う事実を認める事は彼には吝かではある。
噂には聞いてはいたが、話半分どころではない。今この戦場で行われていることは屠殺でしか無く、歩兵達が生きたまま解体されていく様が彼にも見て取れた。
【怠惰シンクレア】にとって、彼らは分別され、加工され、様々な用途に用いられるだけの物に過ぎないのであろう。
既に戦線は崩壊し、農民兵達は我先と逃亡を図ろうとする。だが、奴等に獲物を逃がすつもりは毛頭ない。奴らが放つ魔法により自由を奪われ、その挙句に無様に這いつくばっている。
「色分けは黄色と紫は生け捕り厳守。緑は活け餌として、他領の魔人への贈答品として扱われ、赤は魔獣の餌として半分は殺され、残りの半分が死体の運搬役として投降を許されるだったか……」
高所に設けられた本陣より戦場を俯瞰していたフランクが自虐的に呟く。そこへ伝令が現れ、アイン将軍の言伝を彼に伝えた。
「閣下、アイン将軍より『既に戦線を維持する事も能わず。この上は自らが殿軍を務める故、閣下には捲土重来を望む』と……」
伝令の報告にフランクは両目を瞑り、思考する。彼の父は自分を逃すつもりで、アイン将軍を付けてくれたのであろう。だが、それは詮無きこと。
一人おめおめ生き残っても死罪か幽閉が待っている未来であるならば、戦って死ぬ方がフランクの矜恃に適う。
フランクは息を大きく吸い込み、有らぬ限りの声で叫んだ。
「皆の者、聞けい! 我、フランク・オットーは此処を死に場所と決めた! 馬を引け! これより、撃って出る!」
周りの騎士達がフランクの豹変ぶりに驚きを隠せずにざわめいた。フランクは如何にも大貴族の御曹子であり、彼等はお飾りとしか認識していなかった。
「閣下、なりませぬ! 総大将は決して、死んではならぬ者! ここは屈辱に耐えてでもお引き下さい!」
「今、我が祖国が滅亡の淵に立たされ、多くの無辜の民の命が奪われんとされておると言うに、この俺に何処に引けと言うのだ! 貴様は! 次にその様な戯言を口にするならば、斬り捨てる故、覚悟せよ!」
幕僚の一人が慌ててフランクを諌めるが、フランク目を見開いて進言した幕僚を怒鳴りつけた。
フランクの形相に本陣の誰もが畏怖し、喧騒に包まれた戦場の中で一人の騎士が呟く。
「獅子の子はやはり、獅子か……」
次第に騎士達の胸に熱い物が込み上げ、全員が絶叫する。
「お供ぉぉぉ!!!」
その叫び声は、天幕にいたシンクレアにも届いていた。
「嫌いではないですわね。こういった余興も……」
シンクレアは楽しみが増えて自然と笑みが零れる。
(配下の者達に決死の覚悟を決めさせた見事な殿方ですわね……彼にはどの様な責めを与えるべきか? 誇り高い者が屈服して命乞いをする様を是非とも見せて頂きたく思いますわ。スフィーリアに戻った時が楽しみです……)
決死の覚悟を決めた精鋭騎馬兵二千が、奴隷軍に突撃をかける。
戦法として考えても決して悪くない。奴隷軍は用兵も何も無く、個人が勝手に動いているに過ぎない。勢いに乗った重装騎馬の突撃は奴等には防ぐ術がなかった。
愛馬の上で、フランクが誓いを立てる。
(母上、先立つ不幸をお許し下され。されど、フランクは決して魔人になどに屈しはしませぬ故、御安心を……必ずや、祖国を護って見せまする)
フランク本人は気付かず、周りの騎士達は気付いていたが、知らぬ間にフランクからは眩いばかりの金色の光が溢れていた




