トマールの戦い 戦の前
秋の収穫が済み、今年は天候にも恵まれ豊作だった。一週間前まで黄金色の大海の中で汗を流すファミー村の農夫達の顔は自然と綻んでいた。
ライオネル王国重鎮であるオットー公爵領【トマール】は温暖な気候と肥沃な大地に恵まれた王国の一大穀倉地帯だ。
戦時ではあるが、この地の租税は他領よりも安いことで有名だった。収穫が終われば、収穫祭が行われ、今年は二組の祝言も同時に行われる予定だった。村人達の顔は希望に満ちていた。
しかし、それは昨日までのこと。既に山の中へと沈みかけた太陽が平原を闇へと染めていく黄昏時にも関わらず、徴兵された農夫達が人足として丸太を組み、木製の板で濠を作っていた。彼らの表情は薄闇のせいで判断は出来ないが、明らかに昨日までとは違っていた。
農夫達が陣地を構築している場所から千五百歩ほど離れた距離では、炊事の煙が上がっている。そこに築かれた陣地から農夫達の様子を眺めていた隆之は肌寒い風に晒されながらも、飽きることなく見続けていた。
「タカユキ、そんな所で突っ立てないで、飯が出来たぞ。取って来てやったから冷めない内に食えよ」
隆之に声を掛けた男の名はヤンと言い、隆之よりも爵位が下だが中級魔人である彼に対して気さくに話し掛けてくれる貴重な一人だった。
そして、何かにつけて隆之を気に掛けてくれている。
「向こう側か気になるのか?」
ヤンは配給された鳥肉の腿肉にかぶりつきながら尋ねる。配給された食事は鳥の腿肉の照り焼き、米だけの飯、根菜を主体にしたスープであり、対峙するライオネル王国の兵士には想像も出来ない程豪華な内容だった。
「ええ……明日になれば同じ人間と殺し合うんですよね……」
「向こうにとっちゃ、裏切り者の魔人の家畜としか思ってくれんさ。俺も狩られるまではそうだったからな。後、一つ忠告しておくが、自分が人間だったことは忘れた方が幸せだ。まあ、明日になれば、嫌でも思い知るだろうがな……」
「今回の目的は何なんですかね」
魔人に囚われた奴隷軍には大きく三つの任務がある。彼らと人間の殺し合い、繁殖用の人間狩、後、魔人達の労働力を担う魔獣の餌となる人間を確保することが主な役目だ。
稀に魔力適性のある人間を捕らえた際には奴隷軍に入れる為、強制的に膨大な魔力を注がれる。適性がなければ内部から破裂して死亡する。
例え、耐えることが出来たとしてもその魔力の絶対の支配力で主には逆らうことが出来なくなる。まさに家畜だった。
「自分で気付いているものを人に聞くもんじゃあないな……」
ヤンはぼやくように隆之に教えてやることにした。
「憶測でしかないが、シンクレア様の竜の誕生日が再来月だからな。子供を与えでもするんだろうよ。だが、珍しくライオネル王国軍が俺たちを迎え撃つ気になったんだ。シンクレア様も大量の捕虜が手に入るとなれば、もしかしたら近くのファミー村で狩りをすることは無いかもしれないな」
「ファミー村ですか……」
「ああ、俺の故郷だ……」
ヤンは敵陣を遠い目で見つめ、囁いた。彼は望郷の思いの囚われたのか、それ以降に二人の間に会話は無く、黙々と与えられた料理を食べ続けた。




