隆之の決意
シンクレアの領内に【魔王の美酒】の為に用意された屋敷がある。
館の主である隆之は戦を終え、一時間ほど前に帰宅していた。
彼は館の管理を使用人達に全て委ね、屋敷にいる間はその夫人の部屋から一歩も動かない。食事も睡眠も全てをそこで過ごす。
「ただいま、エリーナ……今日も君は変わらないんだね……」
彼が幾ら呼び掛けても、今日も彼の愛しい妻が答えてくれることは無かった。
隆之は慟哭し、自分の力の無さを憎み、情けなく思う。
季節の花に囲まれて眠るだけの愛しい存在をただ絶大な【魔力障壁】越しにしか愛することが叶わない。
自分の力の無さがこの結果を招くことになった。よって、彼にはその責任を果たす義務が生じる。
この世界の摂理は弱肉強食。何と素晴らしいことであろうか。
力のある者は何をしても許され、弱いと言うことは絶対悪である。
隆之はそれを嫌と言うほどに思い知らされ、何の対策を施すことなく安穏と過ごして来た自分自身の借財を返済する時が来ただけに過ぎない。
だから、彼は決意をする。強くなる方法は示された。それに向かい努力をして行くしか方法もない。
一刻も早く愛しい妻を取り戻し、それを実現しなければ彼の心は壊れてしまう。
その手で人を殺めることに何の罪があるのか? 少なくとも、この世界においては弱い者が殺され、奪われていくことは隆之自身が既に経験済みだ。
弱いことが罪なのであり、弱い自分が罪人なのだ。
その点を履き違えることが無い限り、否、その点を守らなくては彼の愛しいエリーナが返って来ないことが事実としてある。
だから、隆之は戦場に出て、無辜の民の血を浴びる決意を固めた。




