雑炊か、鶏茶漬けか
恋姫の時代ならばらぁめんもありと思うの。
散々愚痴りながらも、腹を満たして、そこそこ上機嫌で帰っていった刺史殿を見送った後、俺達は遅めの晩飯と洒落込んでいる。お付の元譲殿、妙才殿も、蒸し餡子饅頭を手土産にして笑顔だったから問題はない。元譲殿はビールをしこたま飲んでいたから、呂律がやや怪しかったけど。
「うし、では頂きます!」
とはいえ、生まれ変わっても安定の猫舌の俺は、少しずつれんげで啜るしかない俺だ。今日は少し胃が疲れている気がするので、溶き玉子や鳥ささみ、野菜入りの雑炊である。
ずる……ずる……ずる。なんとも暖まる。今日は少し冷えるからな。
かつお、昆布でだしを取っているから、なんとも優しく食欲を誘う匂い。このだしを取る為のかつおぶしを作るのにまた苦労してるんだが。最近は、乾燥と燻製の行程を済ませた荒節を使う事も多い。鰹節に比べて臭いはきついが、出汁として使うには十分。
「私は鶏茶漬け~。ふふふ、梅干もいい感じで漬けれたからね♪」
前世でも妻、この世界でも事実婚と化している紗耶。いや、今の店が軌道に乗るまで、挙式する余裕が無かったんだけどな。貂蝉の気遣いの一つである。妻が寿命を終えた後、俺の転生先に誘ったらしい。即答したから、愛情の深さに赤面しちゃったって腰をくねくねしながら貂蝉が……うっ、思い出したら気分が、いかんいかん。妻と再び過ごせる日々をくれた恩人だ。気持ち悪いばかり強調するのはよくない。だから思い出すのをやめよう、他意はきっとない。
真名を前世と同名を使う紗耶は、この世界で『任峻』という名を持つ。字が伯達。史実では曹操の屯田制の実行監督。発案が棗祗と韓浩と合わせて、魏陣営の農業人。
そんな背景があるからか、元々食いしん坊だった彼女の味覚が開花したのか、旨い物を食べるための才能──農業、調理、器具開発など、製法とか手法とか、以前に比べて関連する閃きや機転が優れてる。
俺は、貂蝉からもらった特殊能力が「脳内電脳大辞典」…頭の中で現世のインターネットに接続できる能力と思ってくれればいい。必要な知識は引き出せるんだが、無駄にリアルで有料サイトに売ってる専門書は読めない──課金のしようがないからな、流石に──もんだから、細かい所は試行錯誤だった。
紗耶や、最近では恋の食べ物に関する勘には大変助けられた。なんせ、叩き台さえあれば改良するのが得意な日本人の例に漏れない俺は、その二人の勘を元にして、ここまで色んなものを積み上げてきた。その辺りの苦労話はおいおいするとしよう。
「恋も、茶漬けで食べる梅干は好き」
「直接食べると酸っぱ過ぎて、俺も苦手だからな」
紗耶の手で、急須に入れた茶葉目掛けて、熱いだし汁が注がれていく。茶葉の匂いがまた、だし汁の匂いと合わさり、なんとかまた食欲をそそる香りに変わっていく。……雑炊食べたら、俺も茶漬け頂こうかなぁ。
大きいお椀と普通のお椀にも、ご飯が盛られて、添えられた梅干、鶏団子、緑の葉の物。その上から、湯気を立てて茶だし汁がかけられていく。
ああ、いかんね。これだけでもう涎出るね。出てる恋は素直だよね。
恋は、うん、あの呂奉先である。北に氷を買い付けに行った時に知り合った。山賊になりかけていて、食べ物で釣ったのだ。釣れなかったら俺は死んでたけどな!……いやぁ、外での鍋は最高でしたねー。頭領とも知り合いになれたお陰で、氷とか塩の仕入れルートがある程度固定出来たのもありがたい話だ。
……月さん、詠さん、あとちんきゅ。どうか生き延びてくれ。生き延びさえすれば、あの種馬が何とかするだろうから。
月ちゃん詠ちゃん可愛いだろ助けろよ! オリ主だろ! とか他の転生者なら考えるのだろうが。俺は自分の家族を守るのですら一杯一杯だ。
というのも、俺は武はからっきしだからだ。華琳と幼い頃からの親戚付き合い……この世界の両親が早くに無くなり、華琳の母親が俺の後見人になってからは余計に密な付き合いになって、武の鍛錬も共にやらされたんだが、華琳や春蘭、秋蘭などを相手にニ~三合も持たない。瞬殺である。
あの殺気に晒されて、身体が何とか動くようになったのにすら何年かかったことか。最終的に逃げの一手だけは速やかに打てるようになりましたよ、ええ。……この世界にはトンガラシが既にあるからな、粉末爆弾もどきとか、ね。
恋を餌付けがてら家族にしたのも、そんな俺の意地汚い計算があるからだ。彼女が傍にいる=最強の用心棒だからな。大量の食費と引換に、俺は命の保証を買っているようなもんだ。
「……ヒロ?」
俺の真名『大斗』。前世では『ひろと』って読みだったから、紗耶に倣って、恋はこう呼んでくる。
「ヒロは優しい」
「急にどうしたんだよ」
「ヒロたちは恋とセキトを助けてくれた。だから、恋はヒロと紗耶を守る」
……なんだか、雑炊が急にしょっぱく感じたのはきっと気のせいだ。気のせいに決まってる。
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「ちょっと飲み過ぎてしまったかしらね」
「はい、姉者も早速いびきを立てていますし」
「ふふ、でも、春蘭も楽しそうで何よりだったわ。大斗の家や店はゆったり出来る貴重な場だから」
「……この茶葉もいい香りが致します」
「伯達のコダワリだもの。ただ、真名をなかなか許してもらえないのはなぜかしらね。恐れ多いって私が構わないと言っているのに」
「遠すぎず近すぎず。そういう店主としての距離感を大事にしているのでしょう。大斗が既に私達と近い付き合いゆえに」
「伯達や奉先が一緒の時は、大斗が私達の真名を口にしないのもそういうことでしょうね」
「はい」
伯達が大斗と我らがこれ以上親しくなり過ぎように……という微妙な女心が働いていると気づいている秋蘭であるが、主が寛いでいる時にあえて口にするまでも無い、と心得ている。
(いざとなれば、無理やりにでもまとめて絡め取れば済む話。怒りはしても突き放せはしない甘さが、あいつの良さであり弱点でもある。華琳様があの場を安らぎとしようとされている間は、それで良い)
瞳を閉じ、長年の付き合いとなる丁幼陽を評する、自らの役割を『静』とする秋蘭は。似たような方向性を目指しながら、徹しきれない彼の性根が嫌いではないのだ。
「秋蘭。私は大斗を、大斗の家族を気に入っている。人手不足と判っていても、下手な手出しは無用よ」
「心得ております」
陳留の夜は更け行く。流星が落ちてくるまで、もう間もなくだ。
次回はちょっと時間を飛ばそうと思ってます。