麦酒と手作り豆腐
魏の一刀君が救われないので、ちょっと書いてみようかなと。
「幼陽、いる?」
「ああ、孟徳。いらっしゃい」
椅子に腰を下ろし、カールした金の髪を靡かせながら、来訪した小柄な少女が俺に愚痴る。長年の知人であるから、こういうのも日常のひとコマだ。ここ陳留の若き刺史である彼女は実際、多忙でこうして家にやって来る事自体が珍しい。
「人手が足りな過ぎて参るわよ。以前にも言ったけれど、すぐにでも貴方や伯達の手を借りたいぐらい」
足を組みながら、頬を手を当てて、ため息をつく孟徳。赤紫のリボンが数箇所に縫い付けられていて、濃い蒼と紫を基調としたミニスカート丈のワンピースは彼女に良く似合っているのだが、見えるんだよな、黒い布が。
「それは困る。そうなると、俺の店が立ち行かなくなるからね。なにせ、紗耶と俺しか製造が出来ないんだから。それと、足を組む角度は考えような。油断し過ぎ」
「……!!!」
「日頃の緊張を解いて、くつろいでくれる場所になっている──と受け取っておく。新作の酒も出来たことだし。試飲してみてくれ。あとはつまみも出す」
「──幼陽、美味なものでなければ承知しないわよっ!」
おお、怖い怖い。下手なものを出せば間違いなく死神の鎌で、首と胴体がサヨナラだ。親戚同士に近い付き合いが出来てなければ、あんな指摘をした時点で終わっているが。
「大丈夫。簡素に見えるかもしれないけど、手間はしっかりかけているから」
ちょうど一昨日ぐらいから仕込みをした豆乳が出来上がり、萬来鍋で作る出来立て豆腐。紗耶のお墨付きも出ているし、使用人の皆も太鼓判を押してくれていたからな。鮮度の問題があるから、どの道今日か明日中には使い切ってしまう必要があったことだし。
いくら、気化冷却を利用した二重壷を大量に作って利用しているとはいえ、いつまでも保つわけでもないからなぁ。地下に作っている氷室と併用してるものの、やはり夏場に近づくにつれ、限界ってものがある。さらなる改良が必要だろう。
「……紗耶、恋!」
奥にいるはずの二人に声をかける。案の定、すぐに人の動く気配と共に、紗耶と恋は姿を見せた。恋の手に麻袋と、口にはあんパンが咥えられている。つまりは何時も通りだ。
「どうしたの、ひーちゃ……あ、孟徳さんいらっしゃい!」
「もぐもぐ……あ、もーとくだ」
「こんにちは、伯達、奉先。お邪魔しているわよ」
既に知己というには親しく、親友というには遠い、そんな微妙な仲の三人が挨拶を交し合う。
「鍋と豆腐の用意を。せっかくだ、刺史殿に試食と試飲をしてもらおう」
「……恋も食べたい」
「じゃあ、鍋は二つ。塩とポン酢も持っておいで」
時代としてはあり得ないはずの、パンが日常的に製造されているこの『世界』は、麹を手に入れるのにさほど苦労しなかった為、俺の野望は確実に日の目を見せ始めていた。
ポン酢しかり、材料になるみりんしかり。そして──!
「な、なにこれっ、舌がピリピリするじゃない! せっかく冷えているのと、この苦味と旨みが混じった飲み物が台無しよっ!」
「ははは、それこそが麦酒だ! いずれ、その喉ごしが癖になり、夏が来るたびに呑ませろとせがむ孟徳の姿が俺には見え……もがもが!」
「とりあえず、ひーちゃんはちょっと黙ろうね。孟徳さんは無理しないでいいから。初めてだと、びっくりするから。ただ、その『炭酸成分』なんだけど、慣れれば喉を通る時に癖になっていくから。鍋が出来るまで、こちらのささみの燻製と合わせて口にしてみて」
「!!!……悔しいけど、このピリピリする飲み物が恐ろしく合うじゃない! もっとよ! もっと寄こしなさい」
こんな日常もそろそろ終わりかな。俺は丁沖。字を幼陽。三国時代を題材とした『恋姫†無双』シリーズの舞台へ転生した男だ。前世の話とかはまたいずれ。
史実では司隷校尉まで登りつめたらしいが、魔窟の洛陽になんぞ誰か行くか! 俺は旨い酒と旨いつまみをこの時代で味わう為に、農業に、商業に、料理に情熱を注いで生きるんだ! ……あ、貂蝉『さん』と約束した、転生の条件も忘れてはいない。
『ご主人様と親友になってほしいのよん♪』
そろそろ流星が降ってくる時期になる。あの『三国の種馬』が、キラースマイル、キラーハンド持ちの恐ろしい男が、遂に。……俺は既に奥さんがいるのでいいんだけど。
「……?」
この無邪気な恋もあいつの毒牙にかかるのか……娘を取られる父親の気分になるのも近い。
短編を気ままに書く予定。
前後の話の整合性が取れてなかったらごめんなさい。
(気づいたら調整と改稿を随時入れますね)
なお、原作の流れからは外れるでしょう、恐らく。