第九十九話 黄金の光
その時、新たな真言が聞こえ、波のうねりのような黄金の光が押し寄せた。
「ぬおっ!」と声を上げ、思わず手をかざす丞蝉の周りで、魔鬼たちは鋭く叫びながら消滅してゆく。
勝之進と祥元の亡霊もただの骸に戻ったか、突如、ばさりとくずおれ肉片を床に散らした。
そのあまりにも明るい光の中を、丞蝉は凝視した。
――この黄金の光、この声は。
「高香か……?」
真言をとぎれることなく唱えつつ光の中から姿を現したのは、まぎれもなく高香であった。
一年半ほどの間に髪は肩まで伸び、肩幅もやや広くなったかすっかり成長している。今、真言をよむ声も、昔山犬を追い払った時とは違いさらに深く力強かった。
「高香!」
「老師、ご無事ですか?」
うぬ、と頷くと、智立は丞蝉向かって「えいっ!」と印を投げた。
目には見えぬ気が飛び、勝之進に斬られた右目に衝撃を感じた丞蝉は、声を上げる間もなく後ろへ飛ばされた。
丞蝉の巨体が壁に激突する凄まじい音に、さきほどから床に這いつくばっていた天礼がびくりと身を震わせ、まったく抗えなくなった動物のように部屋の隅に丸まる。
「丞蝉! 血迷いおって……!」
激昂した智立の印が連続して飛び、丞蝉は体を自在にのたうちまわらせながら呻いた。
「むぅぅ……。智立め……」
そして、やっとのことで自分の周りに赤い気をはりめぐらせ智立の紫の光を防ぐと、身を立て直して自らも印を組む。
丞蝉の邪気に満ちた真言にその場の空間は歪み、再び巨大な渦が出来始めた。
黄金のうねりが紫光を押し上げるように包んでいる。
高香は自らの波動を智立のそれに合わせ、丞蝉の攻撃を防ごうとしていた。
が、丞蝉が気合と共に投げた印は、なんと二人ではなく天井を突いた。
――どぉん!
あっと思う間もなく、抜けた天井が木っ端微塵になって頭上に降りそそぐ。
高香がすんでのところで智立を引き寄せ、その上に身を伏せ守った。
「なるほど。今の俺ではまだまだ力不足というわけか。これは思い上がっておったわ。だがな、智立。俺は必ず陰陽の秘法を手に入れて、天地を従えて見せる。覚えているがいい」
丞蝉は、自嘲するようなその言葉を残し、粉塵に紛れ姿を消した。