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第九十一話 山根勝之進の最期

 ――丞蝉こそは白菊丸をあのような無残な死に追いやった張本人である。

 と、山根勝之進に言い含めたのは天礼であった。

「あれには間違いなく"魔"が憑いておる。白菊丸はやつの"魔"に触れて痴呆になり、取り殺されたのだ。勝之進、今こそ丞蝉を斬れ」

 勝之進は天礼に助けてもらって以来、左手での剣の稽古に専念してきた。

 そしてすっかり武士の顔を取り戻し、以前よりも凄みを感じさせる男に成長している。

 今、白菊丸の死の知らせが、さらにこの男を鬼気迫る相貌へと変貌させた。

「承知つかまつった」

 天礼の話に途中一言も口を挟むことなく、聞き終えてただ一言そう言った勝之進の眸の中に、ぎらりとした憤怒をしかと見た天礼は満足気に頷く。

 そうしてかれを伴って寺へ戻ったのだった。


 白菊丸の葬儀の時、勝之進は自ら希望して最後列に離れて身を置き、じっと微動だにせずその様子を見つめていた。

 あまりにも雰囲気が変りすぎて、それがかつて僧侶に化けてまで白菊丸を護衛していた若武者であるということに気づいた者は少なかった。

 勝之進の見つめるのはただ一人、丞蝉である。

 かつての主人の棺を前に、勝之進は、迷いなき一念のもと、この男のみを凝視し続けていた。


 その夜、子の刻近く。

 風が強くなっていた。

 山全体がざわざわと鳴り響き、月の明るい空を黒雲がどんどん流れてゆく。

 勝之進は足音をしのばせ丞蝉の部屋の前まで来ると、音もなく障子戸を開けた。

 間違いなく山のような男の影が夜具に埋もれている。

「おのれ……若の仇」

「うぬっ……!」

 丞蝉が気配に気づいて飛び起きたのと、勝之進が左手で白刃を斬り下げたのは、ほぼ同時であった。

「ぐあっ!」

 手応えがあった。

 だが次の瞬間、勝之進の刀は丞蝉の怪力に叩き落とされていた。

「おのれ……」

 月の光で見ると、丞蝉は右手で目を押さえている。指の間から、血が滴っていた。

 勝之進はふたたび刀を握ろうとしたが、丞蝉が素早く呪文を唱えると、あっという間に後ろへ飛ばされ尻餅をついた。

 動けない。

 丞蝉の口元が笑いを作るのを勝之進ははっきりと見た。そしてその身の回りから、得体の知れぬ無数のもの――それは蟇蛙(ひきがえる)のようだが人の顔をしていた――が湧き出てくるのを見た。

 これは夢だろうか、と思う。

 だが勝之進の冷めた理性がかれに教えた。

 ――いや、今見ているものこそが真の恐怖でなくて何であろう。


 外の大木が揺れた。


 勝之進の眸は死の恐怖がため大きく見開かれている。鼓動は胸を破るほどに高まった。

 丞蝉は落ちている刀を取ると、赤黒い(ほむら)を上げながら一歩前に進み出た。

「俺を殺そうなどと、百年早いわ」

 そうして動けない勝之進の腹に手にしていたものをざくりと突き立てると、その刀身には魔物たちがわらわらとよじ登った。

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