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第八十九話 魔獣の息

 廊下にはすでに、暗鬱(あんうつ)とした気が流れていた。


 智立を先頭に、天恵、天礼の三人が、丞蝉の籠っている白菊丸の部屋へと向かう。

 近づくにつれ、丞蝉が何やら唱えている低い声が聞こえてきた。

 白菊丸に経をあげているのであろうか、それにしては不気味な陰の気である。

 だが、智立が部屋の前に立ったとたん、その声は途切れた。

「丞蝉よ。わしじゃ、入るぞ」

 がらりと智立の手が障子戸を開ける。


 ――ぶわり


 と死臭が漂い、天礼は思わず袂で鼻を覆った。

「誰も入ってはならん!」

 まさに地鳴りのような大声が響き渡った。

 天恵は思わず身を縮め、天礼は息を呑んで片方の足を上げかけたまま固まっている。

 すでに半分開かれた障子戸の向こうに見える丞蝉の黒い大きな背中に向かい、智立はかろうじて情を込めた言葉を掛けた。

「丞蝉よ。わしが白菊丸殿の御霊を弔って進ぜようほどに、安心せい」


 すると、ゆらりと丞蝉が立ち上がった。

 気のせいか、その背後が陽炎のように揺れている。

 くるりと振り返ったその顔は、なお伏せられてはいるが、その鬼気迫る様子に三人は怖気(おぞけ)立たずにはいられなかった。

「な、何だ、この臭いは……」

 天礼は思わず鼻を押さえた。

 先刻感じた死臭とは違う、まるで獣の生臭さを思わせる臭いが、今強烈に漂っている。

 丞蝉が近くまで来て、止まった。

 その顔は青黒くやつれ、黒い無精ひげに醜く覆われ始めている。

 何より双眸のあまりの怪奇さに、天恵は「ひっ!」と引きつった声を上げた。


 黄ばんでいる。

 腐った卵のようだ。

 この鼻の曲がりそうな生臭さは、丞蝉が発しているのか?


「……入らないでいただこう」

 それだけ言うと、丞蝉はびしゃんと障子戸を閉めた。

 さすがに智立も青ざめている。

「何ということだ……何という……」

 どうやら師は、何か言いたげなことを無理に抑えているように天礼には思えた。

 己が感じたことを否定しようとしている様子がありありと見える。


 ――魔が憑いた。

 天礼はやっと丞蝉の魔を見たと思った。

 確信を得た。

 そのすぐ後、天礼はひとり山根勝之進のもとへと走ると、極秘に彼を寺へ招き入れた。

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