第八十七話 惨劇の真相
その日、寺に飛脚が「智立たち一行がすでに京を離れた」という知らせを持ってきた。
そして二日後、智立一行は、円嶽寺に無事帰着した。
到着した智立を待っていたのは、白菊丸の悶死の知らせであった。
智立はそれを、留守を預けていた僧・天恵から聞き及び肝を潰すほどに驚くと、
「丞蝉、やつはどこじゃ?!」
言うなり、長い廊下を急ぎ渡る。
それに慌ててつき従いながら、後ろから天恵が言葉を掛けた。
「丞蝉は白菊丸殿の側を離れようとせず、何人も近づけまいと部屋に籠っております。おそらく声を掛けても無駄かと……」
すると智立は足を止め、くるりと天恵の方を振り返った。
大きくひとつ息を吐き出し、
「そうか。ではわしも少し落ち着くことにしよう。天恵、今一度、詳しく話せ」
その顔に、暗暗たる影がよぎった。
天恵の話によると、白菊丸は『秘蔵書の間』――すなわち『開かずの間』で死んでいたという。
口中には鼠に食わせる毒団子が、およそ咽喉の奥まで詰め込まれていた。
だが、白菊丸が誤って食べたのではないという証拠に、首には縊られた紫の指の痕が残り、また着衣も乱れていたというのだ。
「丞蝉はどうしていたのじゃ」
智立の問に、天恵は、「それが……」と言いよどみ、だが思い切ったように話し出した。
「じつは丞蝉は、数日寺を出ていたようなのでございます。その間ずっと、龍円がお世話をいたしておりました」
「龍円は何と言っておるのだ?」
側で聞いていた天礼も身を乗り出す。
「それが……まったく何も知らぬと申すばかりで」
智立は額に青筋を立てた。
「知らぬはずがないではないか。すぐに龍円をこれへ呼べ」
だがその龍円は、とっくに寺からはいなくなっている。
それに気づいている者は、二人――いた。
一人目は、僧・祥元である。
実はこの男こそ、白菊丸を殺めた男なのであった。
祥元は、龍円が下稚児・峰王であった頃かれを寵愛し、そのかれが高香の代わりに白菊丸の世話をするようになってから、白菊丸に関心を寄せ始めていた。
そしてある夜龍円から、このところ毎晩白菊丸に悪戯心を起こしているということを聞き出した。
「わしにも白菊丸を抱かせてくれぬか。一度上稚児なるものを抱いてみたかった」
龍円が膨れ面を見せ、
「嫌でござります」
と言うと、
「二人で白菊丸を手篭めにしようではないか」
と誘った。
そしてあの夜、白菊丸を秘蔵書の間に連れ出し、二人で意のままにしようとしたのである。
ところが、龍円にはされるがままになっていた白菊丸も、祥元の嗜虐性を嗅ぎ取ったか大いに抵抗し暴れ出した。
白菊丸の爪が、祥元のふぐりを引っ掻き、祥元は激昂した。
「この喝食め、わしの大事なものを……。龍円、あれを持って来い、毒団子だ! こいつに食わせてやる」
そして白菊丸の首を締め上げ、龍円が毒団子を手に戻った時すでに意識の朦朧としていた白菊丸の口にそれを詰め込んだ。
力一杯詰め込み、さらに白菊丸がそれを吐き出さないように龍円に口を押さえていろと命じ、自分は引き上げていった。
龍円が怯えた目をしたまま、それをしているのを祥元ははっきりと覚えている。
――あいつはこの寺から逃げたのだ。
祥元はそう思っていた。