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第八十六話 絶叫

 その二日間のことは、丞蝉にとって、まさに青天の霹靂であった。

 今、夜道を懸命に円嶽寺へ向かいながら、頭に回るのは「白菊丸、俺を助けてくれ……」その言葉だけだった。

 歩くことに集中していないと、己が殺した芸人一座の子供の顔が浮かんでくる。

 涙の痕のある、その幼い顔。


 恐怖が足をすくい、丞蝉はたびたび転んだ。

 動転のあまり松明を使うことも考え及ばず、闇の中、手探りで山道を登った。 

 闇であった。

 辺りも。心の中も。



 早暁、木々の間にもぼんやりと視界が広がる頃、丞蝉は円嶽寺に辿り着いた。

 激しく門を叩くと、すでに起き出していた寺男が丞蝉と気づき門を開けた。

 寺男は、その泥だらけの酷い格好に驚き、またその表情が尋常でなかったゆえに思わず身を引いた。 

 境内に薄く霧が立ち込めている。

 丞蝉はそれを破るように乱暴に僧坊へ駆け入ると、白菊丸の部屋へと走った。

 いつもは自分が抱きとめる白菊丸の胸に、今は飛び込んで何もかも忘れてしまいたかった。

 だが――。


 夜具の中は空だった。

 白菊丸がいない。

「白菊! 白菊丸!」

 朝の勤行がすでに始まっている。

 だがその声に負けぬほどの大声で、丞蝉は叫びつつ白菊丸を捜した。

 心臓が慄き、(まなこ)は血走る。

 両肩は上下に激しく揺れていた。

 その時丞蝉は、心眼で見たのである。

 口から血を滴らせ、暗黒に横たわる無残な白菊丸の姿を。


 それは例の部屋であった。

 かつて丞蝉が持ち出した多くの秘伝書が置かれていた元々の場所に、白菊丸は(むくろ)となって置かれていた。

 丞蝉が心眼で見たとおり、色のない唇からはまだ乾ききっていない血が糸を引き、目は半眼に開いている。

 光のない、虚ろな瞳であった。

 丞蝉の、魂を絞るような叫び声が僧堂まで響き渡った時、寺の者はすべて声の方に飛んできた。

 それは言うまでもなく、寺の歴史始まって以来、およそ信じ難い光景に戦慄するためであった。

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