表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/360

第八十二話 たねの決心

「おっかあ」

 振り向くと、信吾が立っていた。 

「おっかあ、どこか行くのか?」

 鋭い子だ、と思いながら、たねは立ち上がり信吾を抱き締めた。


 先ほど中庭で、子供たちがたねのことを「おっかあ」と呼んだが、本当の子はこの信吾一人である。

 他の子らは、ここの地主 仁左衛門(にざえもん)が、将来 氏子(うじこ)として働かせるために引き取った子供たちなのだ。

 たねは仁左衛門の後妻だが、その子らを自分の乳で育ててきた。

 だから子供たちにとっては、たねは「おっかあ」なのだった。


「信吾、おっかあはすぐに帰ってくるからね。もし旦那様に居所を聞かれたら、知らないと言うんだよ」

「うん、わかった」

 信吾は素直に頷くと、母が幼いしのの手を握って急いで部屋を出て行くのを見送った。


 まだ昼だ。

 夕方までには隣村に着けるだろう。

 たねは曇った空を見上げながらその思いを強くすると、杉木立の道をまた下り出した。

 下りながら、さっき辻で見た奇妙な僧の言葉を頭で繰り返していた。


 ――この村に、嵐の夜に生まれた子供はおらぬか。その子は呪われた子ぞ。必ずや、七代祟りをなそう。


 たねは歩きながら、しのの揺れる頭頂を見下ろした。

 まだ三歳のしのは、たねに手を引かれながら懸命に歩いている。 

 何も尋ねないところがいじらしく、たねはやや速度を落とすと「しのや」と声を掛けた。

 だがしのはこちらを見ない。

 足元だけを見つめ、歩くことに集中しているかのようだ。


 ――この子は変った子だ。何でも夢中になると、周りが見えないらしい。


 育てやすい子だった、とたねは思う。

 滅多に泣かないし、むずがらない。

 たくさんの子供の中で育ったせいで、大人の愛情を一身に受けるというようなこともなく、自然と感情をあらわにはしない性格に育ったのだろう。


 実際たねは忙しかった。

 子供たちに機械的に接しているということが、なくはなかった。

 それでも信吾以外の子に母性が(なび)かなかったかと言えば、そうでもない。

 皆、それぞれに可愛い。

 今、たねが決心したことも、しのへの愛情からに他ならなかった。


 仁左衛門は、笹無村の「神の地」を仕切っている大地主であった。

 その家にあの僧侶が言う「呪われた子」がいるという噂が立ったら、情けの薄い仁左衛門のことだ、すぐにもしのを放り出すだろう。

 たねはあの怪しげな僧の様子を思い出して、身震いした。


 ――あんな胡散臭(うさんくさ)い僧侶に、しのを渡すことは出来ない。


 それからたねの心の中に、もう一人の「しの」が浮かんできた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ