第八十一話 辻説法の男(二)
妖魔が伝えてきた「南」の村々を回りながら、やはり気になるのは笹無村であった。
だが、諦められずもう一度訪れた時、丞蝉は大変な早とちりをしていたことに気づいたのである。
笹無村では土地を二つに分けていた。
すなわち、子供や若い女は禁制の土地と、それを許した土地である。
どうやら落雷があった辺りは「神の地」として子供が住むことを禁じられていたようであった。
それがあの時、丞蝉はすっかり粟を食ってしまい、まるで確かめもせずそそくさと円嶽寺へ帰ってしまったのだ。
何のことはない、少し西へ出れば山の谷あいにはたくさんの家々がある。
大きな家もあれば、幼い子供も大勢遊んでいる。
丞蝉は気を入れなおすと、また適当な辻に立って例のことをやりだした。
昨夜の小雨でぬかるんだ道を、たねは一直線に飛ばしていた。
――大変じゃ、大変じゃ。
転びそうになりながら、石段を上がって杉木立の間を走り抜ける。
そしてその木立の切れたところに建つ大きな古屋敷に飛び込んだ。
「しの! しの!」
抑えた声で叫びながら、きょろきょろと四方に目をやると、七歳のわが息子が目に入った。
紺の絣の着物の上に、薄い半てんを羽織っている。
「信吾、しのはどこにいるんじゃ?」
すると信吾は、指で鼻の穴をほじりながら、
「中庭で皆と芋を焼いてるさぁ」
と答えた。
たねが大急ぎで中庭へ行くと、そこには使用人の竹爺が子供たちを集めて、なるほど焼き芋をしている。
まだ幼い六人の子供たちが、待ちきれないという表情でくすぶった枯れ葉の山を眺めていた。
たねは強引にその輪の中に入り、しのの腕を取った。
「しの、ちょっとおいで」
しのが、はっと白い顔を上げる。
「おや、たねさん。たねさんもどうだね。一緒に食わんか」
竹爺がそう声を掛けると、子供たちも口々に、
「そうじゃ、おっかあ。おっかあも一緒に食おう」
と、はしゃいだ。
「後でね」
そう言うと、たねはしのをそこから連れ出した。
早速屋敷に上がると、しのの擦り切れた着物を脱がせ、いくらかましな蘇芳色の小袖を着せた。そして手早く握り飯を経木に包み、しのの前に屈んでおかっぱの髪を梳った。
無感動な黒い瞳が、だがきらきらとまっすぐにたねを見ている。
たねは、どうしてもしっかりと見返すことが出来ないままに、しのに語り掛けていた。
「しのや。さあ、隣村へ行くんだよ。大丈夫だからね、安心おし」