第八十話 辻説法の男(一)
【あらすじ】すっかり現の体を失ってしまった寵愛の稚児白菊丸を若僧龍円にまかせ、いよいよ丞蝉は『陰陽伝』に語られている「陰陽併せ持つ子」を捜しに出掛けた。――お読みいただきありがとうございます。とても励みになります。完結まで、どうぞ力をお貸しくださいませ。
龍円にとって、これまでの生活はどう考えてみても納得のいくものではなかった。
幼い頃に両親に寺へ預けられ(彼自身は売られたと思っている)、大人たちのいいようにされてきた。
確かに慣れればたいして辛くはなかったし、何より食べ物には困らない。
だが同じ稚児といっても、上や下に区別され、当然上稚児たちには高待遇がなされてきた。
部屋も狭いながらも個室が与えられ、何より面倒な夜伽をしなくてよい。
行儀見習いとして上稚児たちの親から寺へ、多額の寄付があるからそれも仕方のないことかも知れないが、それを「運悪く貧民に生まれたから」とひとくくりには出来かねた。
今、白菊丸の体を拭き終えて、龍円は目の前に座している感情のない、人形のような稚児を見た。
「こいつはもう、上稚児ではないのに」
そうつぶやいたとたん、龍円の中にむらむらと情欲が湧いた。
今までも白菊丸に欲情したことがなかったわけではない。
むしろ自分が受ける精神的および肉体的抑圧を、誰かで発散したいとは思っていた。
「こいつは、痴呆だ」
龍円が白菊丸の華奢な肩に手を掛けると、白菊丸は無垢な瞳で振り返った。
月ヶ瀬村で行方を見失ったかの娘の居場所を探りながら、丞蝉は思い切った策を取った。
村々の辻で、
「我は修験道を極めた僧侶である。力を見せてしんぜる、近こう」
と言って人寄せをすると、皆に小石を持たせ、合図をしたら自分に投げつけるようにと言う。
立ったまま印を組み真言を唱えると、丞蝉の周りに赤い気が噴き出た。
それだけでも大した見世物である。
村人たちは大いに驚き、感嘆の声を上げた。
「投げろ!」
皆一斉に石つぶてを目の前の怪僧に投げつける。
と、石は丞蝉の気に遮られ、すべて跳ね返った。
「おおっ!」
誰もが目を丸くして目の前の僧侶を見ていた。
喝采の中、程なく丞蝉の笠の中は、鐚銭で埋まった。
「ところで」
村人たちは唾を飲んで丞蝉の言葉に聞き入る。
「俺は子供を捜している。嵐の夜に生まれた子供だ。その子は不吉だ、必ず七代祟りをなす。俺がその呪いを断ち切ってやろう。さあ、嵐の夜に生まれた子供を連れて来い」
だが、これには皆顔を見合わせるばかりであった。
次の村でも、その次の村でも、丞蝉は同じように語り掛けてみた。
どんどんと、笠の中には鐚銭が溜まっていった。
しかしやはり子供を連れて来た者はなかったのである。