第八話 村祭り(五)
今まで見たこともないほど大勢の人たちが集い、笑い、踊っているのを見て、幼いしのの心は驚愕の域にあった。それは身が浮き立つような感覚でもあり、自覚はなくとも明らかにしのは、(楽しい)と感じていた。
しのの手を繋いでいた長吉も次郎吉も、今は踊りの輪の中に入り、両手を挙げてくるくると回っている。それを見ながら、しのはまた手を叩き、はしゃいだ。
その時後ろで年老いた女の声がし、しのは振り返る。
と、そこには白髪の女に手を引かれた、ちょうど自分と同じくらいの年の男の子がいた。手にはやっぱり提灯を持っている。
だがしのの興奮ぶりとは真逆の、どこか冷めた表情をした子供であった。
「そら、おまえもあの子らと一緒に踊らんかね。おまえも立派なこの村の人間なんじゃからのう」
その子はちょっと頭を左右に振ったかに見えた。そして無言でうつむく。
しのは何となく興味を引かれ、じっと見ていた。
しのは不思議に思った。
何かが違う。あの子は自分とは……他の皆とは何かが違っている。何だろう。
それは幼いしのの直感だった。
下を向いている男の子の髪が、提灯の明かりに照らされて輝いている。
それは明らかに黒ではない。
しのはそのことに気づき、自分の髪を抓んでみた。が、十分でない長さの髪を無理に見ようとしたために、しのの目は寄ってしまったようである。
あきらめて、咄嗟にとった行動は、その子の側へ行って髪を抓むことだった。
男の子はびっくりしたように顔を上げた。そして慌てて一歩、後ろへ引く。
体が女に当たり、女も驚いたように声を上げた。
「なんじゃ、どこの子じゃね」
だがしのは、自分が別段悪いことをしたとは思わず、女に向かってにっこりと微笑んで言った。
「しのというの。これ、見せて」
そして男の子の髪を指差す。
「しのと違う。見たい」
男の子は明らかに嫌悪の表情でしのを見ている。しのの指をはたくと、
「うるさい! あっちへ行け!」
と怒った。
一瞬きょとんとしたしのは、悲しそうに女を見た。
女は、しかし、男の子の肩を抱くと、優しい口調でしのに話しかけたのだった。
「しのちゃんや。この子は聖羅というんじゃ。わしの孫じゃよ。この子のお父とお母は死んでしもうた。仲良くしてくれるかの」
「お婆! 嫌じゃ、俺うちに帰る!」
肩を揺すって抵抗する聖羅を、女は「しぃーっ」と言ってなだめ、もう一度しのに言った。
「この子はこの村の子なんじゃよ。仲間になってやっておくれ」
「なかま……?」
疾風がしのにも仲間ができると言った。今、しのはそれを思い出したのだ。
「うん! いいよ」
だが肝心の聖羅は、顔をこわばらせて突っぱねる。
「嫌だ! そんなもの、なりたくない!」
「聖羅!」
そのちょっとした騒ぎに、踊っていた長吉と次郎吉が気づいて走り寄ってきた。
長吉は聖羅を指差すなり声を上げた。
「しの、そいつに触るな! そいつは鬼の子じゃ!」
かっとなった聖羅は提灯を長吉の方へ投げつけると、祖母が止めるのも聞かずあっという間に林の方へと走り去る。
「この、悪たれ童子めが!」
長吉にそう言い捨てると、女も仕方なく孫の後を追っていった。
しのはぽかんとしていたが、落ちて燃え出した提灯を見て何となく悲しい思いがこみ上げてくるのを感じていた。
(なぜだろう? あの子の髪が見たかっただけなのに。あの綺麗に光っていた髪を、見たかっただけなのに)
そんなしのの思いには気づかず、提灯に砂をかけながら長吉が口を尖らせる。
「あいつは鬼の子なんだ。いいか、しの。あいつには近づくなよ」
「どうした、何があった?」
疾風だった。
疾風は燃えた提灯と不安そうな表情のしのを見るなり、手を取って優しく聞いた。
「どうした、しの。大丈夫か」
しのは何も言わずに疾風に抱きつく。疾風は兄らしく、しのの背中を撫でた。
「さあ、もう大丈夫だ。祭りを楽しもう。これからすごく大きな焚き火があるんだ。ミョウジが今準備してる。皆で見に行こう」
さっきまでまだ薄闇だった辺りも、今は完全な暗闇となり、提灯の明かりが赤く浄暗に映えた。
奏でられる笛太鼓はますます調子をつけ、人々の気分をいよいよ盛り上げてゆく。
秋の肌寒いくらいの外気は、今夜は心地好く村人たちを包んでいた。