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第七十九話 儚き身の行方

 さて、京へ発つ前の天礼である。

 白菊丸への興はとっくに冷め、高香にも去られ、今や気を持て余していた。

 まだ二十八だというのに頬はたるみ艶がなく、最近は肥満気味ですらあった。

 だがこの男なりに、悪知恵を働かせていたようである。


 ――もうすぐ丞蝉め、子供を見つけるぞ。老師に破門してもらうまでもない。いっそ殺してしまった方が我の身は安全。


 そこで天礼が目を付けたのが、山根勝之進であった。

 勝之進は、望みを絶たれ絶望のままに山を下りていったが、ある村で自暴自棄な生活をしているところを、たまたま丞蝉の言うがままに子供を捜しに来ていた天礼と再会したのである。

 その時天礼は、天性の慈悲深さで勝之進に接し、寺から一番近い日影村に居を与え、村人に頼んで食料までも確保した。


「その代わり――」

 と、この優しげな男は言った。

「必要があれば、ある男を斬ってもらうかも知れぬ。だから刀は使えるようにしておくのだ」

 勝之進は、ただ頭を垂れて恐縮した。



 秋の日、まず丞蝉が向かったのは月ヶ瀬村であった。

 四年前の記憶を頼りに女の家を訪ねた。が、廃屋になっている。

「なぜだ」

 ここでも丞蝉は意外な時間の流れに翻弄された。

「なぜだ? 夫が迎えに来たのではないのか?」

 道沿いに走り、一番近い場所にあった民家に躊躇なく尋ねる。

 中から出てきた老婆は、丞蝉の姿を見ると少し引いたが、聞かれたことには答えた。


「あの夫婦は逃げたさ」

「娘がいただろう、身重の」

「あの娘は、お腹の子と一緒に売られただ」

「売られた、だと? 一体どこに? 誰に売られたのだ」

 老婆はついと面倒くさそうに横を向く。しわがれた鼻の横に、大きな黒いいぼが見えた。

「知らね」

 丞蝉は食い下がった。

「売られたのではなく、夫が迎えに来たのではないか?」

「いや、夫ではねぇ。泣いて嫌がってただ。――無理矢理連れて行かれちまった」


 言うべき言葉がなかった。

 ただ頭に浮かんだのは、

 ――あの娘は、一体誰の子を身ごもったのだ。

 そのことであった。

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