第七十八話 妖魔との契約
笹無村は、ひどい村だった。
子供が一人もいない。
どうにか愚直そうな村人を捕まえて訳を聞くと、
「不浄な血はこの土地で流しちゃなんねぇ」
という答えが返ってきた。
不浄の血、というのは、どうやら女が流す血のことのようである。
つまりここには子供もいなければ、若い女もいないのだった。
――どういうことだ。
丞蝉は憮然とし、ともかくも急ぎ円嶽寺に引き返すと部屋にこもり、瞑想を始めた。
三日三晩、結跏趺坐し、ついに丞蝉は妖魔と取引をすることに考えが至った。
――妖魔よ、俺の精を貪るがいい。だから教えろ。例の子供はどこにいる?
妖魔がうふふ……と笑ったようであった。
――教える……だがお前ではなく、白菊丸の命をもらう。
「それは駄目だ!」
丞蝉は己でも驚くぐらいの大声で叫んでいた。
同時に結界を張り、その忌々しい妖魔を即座に粉砕する。
白い光が散り、妖魔が断末魔の声を上げたようだった。
「ざまを見ろ」
そしてそのまま夜具を被った。
その時の夢ほど生々しく、だが胸の悪くなる夢はなかったろう。
夢の中で丞蝉は白菊丸を犯し、縊り殺した。そうしてその首を千切り、血をすすったのだ。
やがて白菊丸の首の切り口から血煙が上がり、その煙の中に幼子の陰影が浮かぶ。
そのぼやけた白い顔は、丞蝉にある女を思い起こさせた。
夢の中で、丞蝉は思わず叫んだ。
――あの時の、月ヶ瀬村を訪ねていった女か!
と、見る見る子供の形は崩れ、口が鳥のくちばしのように尖った、全身が緑の鱗に覆われた妖魔が現れ出でた。
そうしてその妖魔は、「南」を差した。
もう柿の実が色づき、風に揺れる頃である。
智立は年いきの僧数名とさらに天礼を連れて、秋の法要のため京へ上っていった。しばらく帰らない。
随分とのんびりしてしまったことを、丞蝉は思った。
目の前に、その原因となった可愛い顔が笑っている。
「白菊。今度は少し留守が長くなるかも知れぬ。寂しいだろうが、こらえてくれ」
すっかり旅姿になった丞蝉である。
いつものように腕を伸ばしてくる白菊丸の細い体を抱き締めた。
白菊丸が現でなくなってしまってからの、この一年と数ヶ月は、丞蝉にとって実はもっとも有意義な人生であった。自分だけに微笑みかける愛し子と過ごした、もっとも甘美で楽しいひと時であった。
あるいは心のどこかで、永遠に続けたいと願ったかも知れぬ。
そしてもし丞蝉が『陰陽伝』など忘れ、そのようにしていたら、これからの物語は変わっていたであろう。