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第七十六話 回想

 高香が円嶽寺を出て行った。

 夜になりそれを知った時の天礼の取り乱しようは、丞蝉が失笑したほどである。

「愚かな」


 最近丞蝉は、天礼が自分に魔術書の場所を教えたのは、丞蝉に魔道の術を習得させることで「陰陽の秘伝」を解明させるためではあるまいか、と思うようになっていた。

 となれば、愚かなのは自分である。


 ――俺は利用されたのかも知れん。しかし魔道の術のおかげで白菊丸の仇は取れた、そう思えば特に腹立ちもない。それよりも天礼め、高香が「陰陽併せ持つ者」だと思い込んでいるらしい。


 それについては、確かに高香には不思議な力がある。丞蝉も考えないではなかったが、しかし、

 ――やつは違う。

 なぜかそう思うのだ。

 それよりも丞蝉は、「稲光と雷鳴が轟く夜」というのが気になっていた。


 ――思えば、俺が最初に白菊丸を奪ったのも稲光と雷鳴が轟く夜だった。それも凄まじいほどの雷雨。……もしもあの時に、陰陽併せ持つ子が生まれていたとしたら?


 丞蝉の脳裏にはっきりと、あの時の雷鳴と豪雨が甦った。

 白菊丸の叫び声すら、ことごとくかき消したあの天誅のごとき轟音が、今また丞蝉の脳天を突き抜け揺るがした。


 ――そうだ、あの時だ。あの夜に違いない、あの夜……

 丞蝉はゆっくりと微笑む。

 ――陰陽併せ持つ子供が生まれたのだ。「陰陽の秘伝」の鍵を握る子供が。


 同時にかすかな遠雷が頭の隅でしたように思う。何か、引っ掛かる。

 ――俺は、どこかで遠雷を聞いたことがあったか?


 その時、年若い僧の声がした。

「白菊丸殿の夕餉が済みましてございます」

 それは高香の代わりに白菊丸の世話をすることになった龍円であった。

 龍円は、つい先ごろまで峰王という名の下稚児であったが年頃になり、剃髪し僧侶になったのである。

「わかった」


 夕餉が終わると、丞蝉は白菊丸を自分の寝屋に連れ出す。

 白菊丸は現在、自分で立ったり歩いたりすることをまったくしなかったから、移動する時はいつも丞蝉が抱いてやるのだ。

 まるで子犬が鼻を摺り寄せてくるような、そんな無邪気さであったから、寝屋でも以前のような艶っぽさは見られない。丞蝉の愛撫にも赤子のようにはしゃぎ、くすぐったがったりするのみである。

 だが、それはそれで愛しい、と丞蝉は思う。

 初めて、完全に従順な生き物を手に入れたようであった。


 ――この白菊丸のためにも、俺は最高の力を得なければならぬ。


『陰陽伝』。

 丞蝉の思いは、確実にこの秘伝へと吸い寄せられていった。


 夏が来て、秋になり、冬も最中(さなか)である。

 やがて、年が明けると天文二年である。

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