第七十一話 魔行の闇
丞蝉が円嶽寺に着いた時、ちょうどやつらは門前で押し入る寸前だった。
この時代、寺はどことも一種の要塞のような造りになっている。
門や塀は堅固だし、容易く侵入者を許さない。
彼らも円嶽寺の門前で苦慮していたのであった。
丞蝉は不敵に低く笑うと、印を組み呪文を唱えた。
赤黒く、もしくは青黒く焼け爛れたような皮膚を持つ魑魅魍魎が、徐々に丞蝉の呪文に応じ始めていた。
この夜明けに彼らが円嶽寺に上ってくることを、丞蝉は知っていたのであろうか。
実は三日前、村へ下りた時、丞蝉は不穏な噂を聞いていた。
侍が大勢で近辺に寝泊りしているというのである。
だがさほど殺気立ってはいない様子で、その男たちの話を漏れ聞いた村人によると、
「たかが子供一人、何ほどのことがあろう」
と、笑い飛ばしていたという。
丞蝉はすぐにそれが白菊丸のことだとわかった。
それゆえ村女の一人をたきつけ、探らせたのである。
そして三日後の払暁に、後藤田平八という男の先導で円嶽寺に押し入ることがわかった。
……と、こういう筋である。
後藤田平八は、白菊丸が円嶽寺にいると思っている。
物音がするはずもない静寂の闇に、この世のものとは思えぬ不気味な声々が響き始め、松明を持った末成方の侍二、三人が、その声に驚いてあちこちを照らした。
どこにも姿が見えない不安は即座に他の連中にも伝わり、全体がざわめき出す。
と、その時、ついに最初の魔魅が侍の一人に覆い被さった。
侍はあっという間に精気を抜かれ、干からびた残骸のようになって地面に倒れ込んだ。
妖霊は地面から頭上からぞくぞくと湧き出、次々と得体の知れぬものにのし掛かられ、掴み掛かられ、一団は狼狽し始めた。
丞蝉自身にも、よくは見えなかった。
魑魅魍魎どもは、半分透けている。
だがともかくも、確実に敵を殺してくれているようだ。
丞蝉は満足し、だが己の結界だけはますます強く気を張り、油断なく周りに目を光らせた。
しかしどうやら、こっそり裏門から走り抜けた平助と、それを追う後藤田平八の姿は見逃したようである。
廃寺へ戻って、平八が悪鬼に喰い千切られ、白菊丸が卒倒しているのを見た丞蝉は思わず苦笑した。
――おい、一つ目。美味かったか。
すると、どこからか満足気な唸り声が返り、
――早く解放してくれ……
悪鬼のうきうきしたような思念が夜風に乗って伝わった。
丞蝉は頷くと、白菊丸を抱き上げた。