第七話 村祭り(四)
疾風には、茜が何を怒っているのかわからなかったが、最後の一言だけは胸に届いた。
「何をっ、おまえだって子供じゃないか!」
それは意外な大声になり、眠っていた末吉が驚いて泣き出した。
茜も思わず後ろへ下がると、自分も泣き出しそうな顔になりながらくるりと身を翻し、走ってその場から去ってしまった。
疾風は、思いがけなく喧嘩になってしまったことに釈然としないままその場に立っていたが、目の前を通り過ぎる若い男たちが嬉しそうに焼き芋を頬張りながら話す内容を聞いて、そのわけをはっきりと理解した。
「まったく別嬪だな。こんな芋より、俺ぁかえでが欲しくてたまらん」
「俺は姉のいおりがいい。一度抱いてみてぇ」
別嬪三姉妹。
十五歳のいおり、十二歳のかえで、十歳のつゆの。
この三人が祭りで芋を配っているのだ。
「馬鹿だな、茜のやつ。あの早とちり……」
そうつぶやいて、疾風は頭をかいた。
茜が自分のことを気に入っているようなのは、少し前から感づいている。
だが茜はただの友達だった。
長吉たちの姉、それだけだ。
母親のいない疾風は、女性の優しい手や乳房に触れる機会はなかったが、かといって男女の体の違いを意識するくらいにはなっている。綺麗な女の人に構われれば、ちょっとどぎまぎしてしまうこともあった。
そう、たとえば、いおりのような……。
数日前、いおりは誰も見ていないところで疾風を抱き締めてくれたのだ。
ふんわりとした体の温かさが伝わって、疾風の心臓はいつもより大きく鳴った。
「疾風、早く大きくおなりな。あんたはきっと、誰よりも男らしくなるよ」
そして切れ長の目を微笑ませる。
疾風はその目に吸い込まれそうになった。
「翔太さんが言ってた。あんたは剣の筋がいいって。さすがに、井蔵さんの息子だって」
疾風の父、井蔵は、若い頃、剣術を学び、それから数奇な運命を辿って忍びの道に入った男だった。
だが武将たちの道具として使われた後、傷ついてこの村へ命からがらに流れ着き、井蔵を助けた村娘きぬと所帯を持ったのだった。
そして疾風が生まれた。
もともと体の弱かったきぬが産後の肥立ちが悪いままに亡くなってしまった時、井蔵は自分の手ひとつで疾風を育てようと決心し、それから六年の歳月が流れている。
疾風がよちよち歩きの頃から忍びの真似事を遊びとしてやらせ、四歳になるとすぐに剣も持たせた。
実際に命のやりとりを経験した井蔵にとって、己の身を守る術を身につけさせるということが何よりも肝心であったのだろう。
そして疾風だけでなく、この村の男たちや子供たちにも簡単な剣術を教えながら、今や井蔵もこの村の主導者格の一人となっている。
三十路の男盛り。
井蔵に心を寄せる女も多かった。
――子供のくせに!
さっきの茜の言葉が甦り、疾風ははっと我に返る。
そして芋を配っている方を見やった。
その周囲にはたくさんの男たちが群がっていたが、ちらりといおりの姿が見えた。
長い黒髪を後ろに垂らし、桜色の着物の袖を口元に当てて奥ゆかしく男たちと談笑している。
疾風はため息をつき、だがそこへ行く気にはなれなかった。