第六十八話 好色の男
「お前が生まれたのは嵐の夜だったか?」
何のことだろう、と高香は思った。
天礼はひつこく聞いた。
「お前は人とは違った気を纏っている。お前の出生には、何か秘密があるに違いないと私は思っておる。もしもお前が嵐の夜に生まれておれば――」
「いえ、残念ながら」
さえぎるように高香はその白い面を伏せた。
「私は円嶽寺のご門前に捨てられていたのです。出生のことなど、自分で覚えもなければ誰に聞いてわかるものでもありません」
天礼はこけた頬に落胆の色を見せた。
「そうか」
だが次の瞬間、粘るような声音に変えて再び問う。
「高香よ。お前の体には変ったことはないか? たとえば、胸が柔らかく膨らんでいるとか腰が男にしてはくびれているとか」
高香がその意味を図りかね、ただ眉をしかめていると、
「私と契ってみぬか」
唐突にこの男は言った。
「は?」
さらに天礼は高香の左手を握ると顔を寄せ、
「師の寝室にはべるようになって随分と色づいたではないか。高香よ、お前ほどの美童、老人一人を楽しませるだけではもったいない。私がもっと悦びを与えてやろうぞ」
「――失礼いたします」
その言葉を聞くや、兄弟子の手を振り切ると、高香は小走りにその場から離れた。
離れながら身がおぞましさに震え、最近他の稚児たちが噂していることが思い返されてきた。
それは天礼の思いがけない好色さについてだった。
月に三度どころか、ほとんど毎夜誰かを寝屋に引き入れているという。
乱暴とかいうのではなく、むしろ相手に溢れんばかりの愉悦を与えているという、噂というのはそのことだった。
だが高香にしてみれば、自分と智立との関係は快楽とは関係がないところにあると思っている。
それゆえことさらに天礼の誘いは不快だった。
そして丞蝉の背に一つ目の一角獣を見て意識を失ったあの日、自分の部屋で意識が戻った時、真上に見えたのはこの兄弟子の顔であった。
天礼は高香の頬を両手で包むように撫で、夜具を腹の辺りまでまくると両衿から手を入れようとした。
そこへ智立の足音が聞こえたのである。
天礼は慌てて夜具を元通りに直すと、入り口で頭を下げて師を迎えた。
これ以上は寝ていられないと思った高香は無理に体を起こし、師が止めるのも聞かず、さっさと夜具をたたんでしまった――。
何かが変ってゆく。
大人になるということは、こういうことも含むのであろうか。
高香の思いを置き去りにし、今日もまた一日が暮れた。