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第六十二話 小さき心

「あの男、どうにかならぬものか」

 丞蝉が帰還してはや一月、白菊丸は仇討ちのことなど忘れたかのように、常時丞蝉に付き従っている。

 山根勝之進は、もちろん面白くない。

 つい二、三日前、後藤田平八と木下小五郎も寺に上ってきていた。二人は早速その話を勝之進と平助から聞かされ、やはり同じく眉を険しくしていたのであった。

 まさしく「魔」のような男である、と勝之進は言う。

「あの眼はただ者ではない」

「何を。ただの坊主ではないか」

「違う、あの眼が赤く変るのをわしは見た」

「何のことがあろう、それでもただの坊主じゃ」

 言い合ううちに、ことは白菊丸のことに及んだ。

 もう四十を過ぎ、頭に白いものが混じり始めている後藤田平八が両腕を組み、深いため息をついた。

「だが、肝心の若君があの様子では……。若君には父母の仇を取られようとは思われぬのか」

 三十五歳、壮年の木下小五郎も、つい、

「これでは沖田らが浮かばれん。このままでは我らとて、末成を討つ気持ちに(かげ)りが出よう」 

 勝之進は同情的であった。

「やむを得まい。若君はまだお若くて、ことの次第がよくおわかりではないのだ」

 しかし木下小五郎は、きっと細い目で勝之進を見据えると吐き出すように言った。

「何の。あと一、二年もいたせば元服しようかという年頃でござる。御家を倒されたというのに、あのような坊主に惑わされておるとはどうにも解せぬ」

 平助は小者の分際で口こそはさまずに聞いていたが、白菊丸が随分と甘やかされて育ったことを知っていたので内心ハラハラしていた。

 ――若君は現実を直視できぬのじゃ。そういう精神は、まだ十分に幼い。


 両親を殺されて最初の頃こそ敵討ちに燃えた白菊丸だったが、忠臣たちの失敗はその心を一気に冷ましてしまっていた。どころか恐怖までもが突き上げてきて、何もかもがこわばってしまったのである。

 しぜん、彼は自分を包んで安心させてくれる人肌を求めた。

 そしてそれは、自分が念者と決めた丞蝉でなければならなかった。

 なのに、彼は側にいないのだった。

「末成めが若の首を取りに、いつここへ来るやも知れませぬ。若君、くれぐれもご油断召されまい。この勝之進、常に若君の側にあってお守りいたしましょうぞ」

 毎日毎日、勝之進は白菊丸にそう言っては意気揚々と白菊丸の護衛の任に携わる。

 勝之進にしてみれば、白菊丸に緊張を促し、自らを鼓舞するために何気なく言っていたにすぎないが、(いくさ)に出たこともなく、人の死に目になどじかに遭ったこともない白菊丸にしてみれば、それは恐怖であった。

 沖田伝次郎道保と金田仁兵衛は首を取られたという。

 ――自分もそんな目に遭うのか。

 思うだけで体が震え、唇は色を失った。

 それでも自分は武士の子である。

 その思いだけで剣を振るっていたが、丞蝉が帰ってきたとたん、白菊丸にはもう何もかもわからなくなった。自分を守ってくれる腕は、勝之進ではなく、丞蝉のそれであると確信してしまったのである。


「あの坊主を斬らねばなるまい」

 後藤田平八がついに言った。

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