第六十一話 廃寺の闇(二)
黒い気体とともに現れ出た悪鬼は一つ目であった。
ばかりか、頭に角まで生えている。
さらに言えば、口は耳の下まで裂けている。
丞蝉の二倍はあろうかと思われる巨人で、この魔物は初めて人の言葉を解した。
――お前はすでに精気を削っておるわ……
――何? すでに削っておるだと?
――そのとおりよ……このまま呼び続ければ、お前の魂魄は尽きる……
すでにこういう異形のものに対して可笑しみを覚えることが出来るほど余裕が出ていた丞蝉は、にやりと笑い、
――親切なことだ。それを俺に教えてくれるのか。
すると、声というよりも思念に近い言葉が靡いてきた。
――頭をもらう……お前の、頭だ……
――頭が好物か。
一つ目の悪鬼は、長い爪の生えた三本の指を丞蝉の顔に向けた。
が、びりっと光が走り、悪鬼は唸りながら手を引っ込めた。
――結界を張ってある。俺には触れんぞ。俺に従え。そうしたらいずれ好みの頭をやる。
取引する気はないらしい。
一つ目の巨人は唸りとも笑いともつかぬ声を鳴らし、いったん黒い靄の中に溶け込んでいった。
ところがこの悪鬼、丞蝉を気に入ったと見える。
呼びもしないのに、ちょくちょく現れ丞蝉の背に纏わりついている。
結界を張りながら、頭の上で鬼が舌なめずりしている音を、丞蝉は始終聞くようになった。
――俺の頭を喰らおうと狙っているのか。ご苦労なことだな。
そうして印を組み、呪文を唱え始める。
すると、悪鬼は苦しげに唸り出した。
この頃では丞蝉の気も充実し、ただ呼び出すだけではさして体に影響は受けなくなっていた。
また魑魅魍魎のたぐいは、案外簡単に消滅することもわかった。
呪文をかけられたり結界に触れると、まるで水袋に針を刺したように一瞬で破裂するように消えてしまう。
だが、さすが悪鬼。
呪文を聞いても破裂はしないようだ。
どころか、一人前に身悶えている。
丞蝉はいよいよ可笑しくなった。
――どうだ。俺の頭が取れるか。
――お前には敵わぬ……
悪鬼の無念そうな声が響いてきた。