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第五十八話 丞蝉の帰還

 丞蝉は帰ってきた。

 最初、どこの荒修行の山伏かと思うほどに面変わりした彼を見て寺男は腰を引いたが、やがてそれが丞蝉だと知るや、あっと声を上げて智立老師を呼びに走った。

 駆けつけた智立も目を疑って無言で立ち尽くす。

 真っ黒な髪と髭は伸び放題、顔はやつれ頬骨が高くなり、眼だけが異様にぎらついていた。

 身にまとった法衣は、もはや衣服とは言えずただのボロ布に過ぎぬ。

 が、この男の持つ威圧感だけはさらにすさまじく、見上げる体躯に隆々たる筋肉が踊っている。

 ――一体いかなる修行を積んだのであろうか。

 同じく迎えに出た天礼も、そう思った。

「丞蝉殿!」

 奥からまろび出るように走り寄った白菊丸は、一瞬足を止め、だが丞蝉に飛びついて胸を拳で打ち始めた。

「丞蝉殿、丞蝉殿……!」

 泣きじゃくる白菊丸をひょいと片腕で担ぐと、丞蝉は智立に一礼し、中へと歩を進める。

「若……」と言い寄る勝之進をぎろりと一瞥で制すと、そのまま僧坊に上がり奥へと消えていった。

 智立は、「湯を用意してやるのじゃ」と寺男に命じると、さすがにほっとした面持ちで側にいた天礼を見た。

「どうじゃ、あやつは。少しは性根が入ったかの」

「は……」

 この一年、天礼の境遇はみじめそのものであった。

 なぜなら、白菊丸には勝之進と平助が昼夜つきまとい、天礼の入る隙間はまったくなかったからである。

 完全に虜にしたと思っていた当の白菊丸でさえ、天礼を露骨に避ける日々であった。

 今、白菊丸の欣喜に堪えぬ様子を見て丞蝉を憎々しげに思いつつも、これからは邪魔な家臣を少しは遠ざけることが出来るかも知れぬと、ひそかに考える天礼である。


 さて、丞蝉である。

 白菊丸がつき従い湯を使うと、髪をそり、口髭を整え、新しい法衣を着用した。そのすがすがしさ、覇気が全身を包み、白菊丸が思わず頬を染めるほどであった。

 ようやく部屋に落ち着くと、目の前の白菊丸に、

「髪が伸び給うたな」

 と、声を掛けた。

 稚児の目元にはいよいよ朱が差している。

 丞蝉は重ねた。

「俺を待っていたのか」

「はい」

 と、白菊丸ははっきりと答え、すぐに袖で顔を隠す。

「俺を怖がっていたのではないのか」

 皮肉の笑みを浮かべて言った男の膝に寄り掛かり、稚児は甘えたような声を出した。

「そのようなこと、忘れ果てましてございまする。一年は、長ごうございました……」

 その時、智立が部屋に入ってきた。後に高香がつき従っている。

 二人は平伏し、師を迎え入れた。 

 智立は、身綺麗になった弟子を見てさも満足気に、

「丞蝉よ。十分に行を積んだようじゃな。もしや、大導師様のご霊体に御導きをいただけたか」

 辺りに智立の浩然とした気が満ちた。

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