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第五十六話 魔道への旅立ち

 隠された禁書の共通していることは、どれも我欲を満たさんが為の秘術・秘法を編纂してあることだった。

 あの厳格な智立老師はそれを()しとせず、あの部屋にしまいこんでいたのであろう。

 ――だが、この星の如くある秘術の中で、俺の思いをもっとも満たしてくれるものはどれか?

 昨夜、白菊丸をなだめて眠らせた後も、丞蝉は灯りを灯し、書を探り続けた。

 そして、ついに見つけたのだ。


『魔道ノ書』。


 それはまるで鈍い光を放ち、丞蝉を(いざな)っているようだった。

 書かれた文字は、おそらく墨ではないだろう。どす黒く、異様な感じがする。

 ――人の血か。

 丞蝉が触れた時、かすかに獣の咆哮がし、あたかも部屋の中に潜んでいたかのようなその声の近さに、はっと顔を上げ辺りを見回す。しかし、白菊丸の穏やかな寝息の他に聞こえてくる音はない。

 丞蝉は書を紐解いた。

 その中に埋め尽くされた文字、それはやはり禍々しい血文字であった。

 外気に晒されていた表装の文字とは違い、今やそれは明らかである。

 文字自体から陰惨な気が立ち上り、しかしそれはいよいよ解き放たれた悦に打ち震えているようでもあった。


 ――この書は俺を待っていたのだ。これこそ、俺が求めていた力の秘密である。

 そう確信すると、丞蝉は眼輝かせ血文字を辿り始めた。


 ――悪霊を呼び出す秘術、魑魅魍魎を操る秘術、人の心の暗闇につけいる術。


 不吉極まるすべての文字が、体に染みとおるように入ってくるのが感じられる。

 不思議とこの禁書に触れることで、己の気の力がどんどん増していくような爽快感があった。

 一方で丞蝉の影が、ゆらゆらと異形を形どってゆく……。

 実際、明け方に目を覚ました白菊丸が、ぶつぶつと書を読み続ける丞蝉の背に怪異を感じ、逃げるように部屋を抜け出したとしても誰が責められよう。

 

 かくして、白菊丸には僧に身をやつした勝之進がつきまとい、丞蝉はその姿を見せなくなった。

 白菊丸がなぜか丞蝉に怯えているのを察し、さすがの智立も心配になり、高香に丞蝉を呼びに行かせた。

 すると現れた丞蝉は、もはや円嶽寺の僧侶にあるまじき相貌である。髭どころか、髪まで伸び始めていた。

「丞蝉よ、山伏にでもなるつもりか」

 あきれて思わず口走った智立の言葉を捉え、丞蝉はふと思いついたように、

「師よ、我はまだまだ未熟。おっしゃるとおり、しばらく山中にて修行いたしたいと存じます」

 智立は驚いた。

「何を言うか。お前は白菊丸殿をお守りするのではなかったか。今ここを離れてどうする」

「ですから、我は未熟。心に迷い多く、このままでは何の役にも立ち申さぬ。山の霊気に触れ、それを断ち切って参ります」

「うぬ……」


 弟子が修行に励みたいという、その志は酌んでやらねばならぬ。

 結局智立は、その願い出を諾とした。

「お前も存じておるだろう。この東の山に、かつて円嶽寺の創始者である法臨坊大導師が住まわれていた庵がある。今は廃寺となり朽ち果ててはおるが、そこに行け。大導師様がお前を善き方角へ導いてくださるじゃろう」

「ありがたきことにございます」

 丞蝉は深々と頭を下げた。

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