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第五十五話 不徳の漢

 話は戻るが、四日前、智立から寺を本拠地にすることに難色を示され、家臣たちはおのおの別れて石ノ松城近くに潜伏し、決起の機会を待つことにした。

 後藤田平八と、沖田伝次郎道保は城の南に。

 金田仁兵衛と、木下小五郎は城の西に。

 そして滝権三衛門義影は京へ上り、幕府に援軍を要請することに決まった。

 一番若い、だが剣術の腕の立つ山根勝之進が寺へ残り、白菊丸の身を警固する。

「おのおの方、秋には味方を引き連れ、再会を果たしましょうぞ」

「おお。来年の春までには、殿のご無念を晴らし、若君を城へお連れ申し上げるのじゃ」

「勝之進、若君を頼んだぞ」

 勝之進は、色黒の角張った顔をし、意志の強そうな太い一文字眉の下から精気ある眸を輝かせた男だ。

 顎を引いて頷くと、「お任せあれ」と満身剛悍(まんしんごうかん)に答えた。


 出立の直前、滝権三衛門が白菊丸の耳元に顔を寄せ、

「あの坊主にこれ以上心許してはなりませぬぞ、若君。お頼りになるなら、この勝之進か智立老師をお頼りなされませ」

 困惑した白菊丸が、

「しかし、そなたたちを導いてきたのは丞蝉殿であるぞ。何ゆえそのように申すのじゃ」

 と問うと、

「あの坊主は何となく不吉でござる」

 と、眉をひそめ門を出て行った。

「若君、くれぐれもご油断はなりませぬ。末成義詮めは若君の行方を捜しておるのです。幸い殿は、この山奥の寺のことを公にはされておらず――しかしどこから漏れるやも知れません」

 そう言って勝之進が見た目の先には、こちらを見てひそやかに話す他の稚児たちの姿があった。稚児たちは勝之進の鋭い眼差しを感じたのだろう、あっと言って身を翻し、小走りに去っていく。

「若君はこれまでと変らぬ素振りで生活なさいませ」

 そうは言っても、自分の境遇の変化はもうすでに寺中に知られてしまっている。

 白菊丸は、勝之進を見上げた。

「ならば勝之進、そなたあまり私につきまとうな。刀を下げたそなたがつきまとっていると、皆恐ろしく思う」 

 もっともだと、勝之進は思った。

 勝之進は、直ちに頭を丸めて僧になりすますことにした。


 勝之進が側を離れた時、天礼が寄ってくるのに気づき思わず白菊丸は立ち去ろうしたが、それより早く天礼が行く手を遮った。

「天礼殿!」

 天礼は甘く笑い、

「どうなされた? やけに冷たいではありませぬか、白菊殿。丞蝉が戻ればこの私は用なしというわけですかな? おお、つれないことだ。あんなに毎晩、とろかせて差し上げましたのに」

「言うな!」

 と、真っ赤になって怒る白菊丸を抱き締め、天礼は優しく口付けた。

「こんなところを丞蝉殿に見られたら……お放しください!」

 今度は懇願する白菊丸に向かって、声高く笑う。

「心配ご無用。あやつは今、部屋にこもって書に埋没しておる。よほど執着と見え、一向に出てこぬわ。それより」

 天礼の手に熱が帯びた。

「今宵も共に過ごせましょうな?」

 白菊丸は、自分が暗黒の淵に堕ちていくかの如く感じていた。

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